コラム

むぎむぎ通信 vol.2「視野の狭いメガネ」

代表が書くコラム、柔らかく紡ぐ「むぎむぎ通信」です。

vol.1「見えなくなる」でも、出産を機に気がついたことを書きましたが、今回も似た視点になります。

最近、娘を実家の母に預け、仕事にいく日が少しずつ増えてきました。久しぶりに娘がいない状態になると、周りからの視線や反応がなくなり、急に「何でもない人」になったことを実感します。

妊娠中はマタニティマークをつけ、エレベーターを使い、電車の中で席を譲ってもらったこともありました。そして、出産後には赤ちゃんを連れているので、「何ヶ月?」「髪の毛、ふさふさね」などと声をかけられ、優しい関わりをたくさんいただきました。

当然ですが、ひとりになれば、優しく声をかけられることもなく、電車に乗ると、ぐっと近くまで人が寄ってくる感覚がありました。隣の人と肩や背中が当たり、人との距離はこんなにも近かったのかと驚きました。そのとき、ふと、この数ヶ月間、優先すべき人として、私のパーソナルスペースを守ってくれていた人たちが大勢いたことに気づいたのです。

優先席やエレベーターをつくること、声かけなど何かアクションをすることだけが、優しさではありません。何となく見守ってくれること、意識を向けてくれることも「人を大事にする」という優しさです。ギューギューと詰め合う車内で、大勢の心遣いに感謝が溢れてきました。

さて、妊婦さんや子どもをつれている姿は、「優先する人」として、とても身近で分かりやすいです。そこまで迷いもなく、大変そうだなぁ…席を譲ろうかなぁ…と声をかけやすいように思います。

優先席に描かれたイラストを見ながら、高齢者もやはり身近であるため、比較的大変さを理解してもらいやすい印象を覚え、それに対して、障がいのある人は、目に見えにくい障がいになればなるほど、なかなか理解してもらうのは難しいように感じました。

私たちは、自分の経験や知識、価値観のなかで生きています。私は妊娠をする前、妊婦さんのつらさが教科書的な内容しか知りませんでした。実際に経験をし、頑張らなくてはいけない場面で全く心がついてこなくなったり、たった一駅でもしゃがみ込んでしまう体調に突然なったりすることに驚きました。

妊婦さんに限らず、たった一駅が途方もなく遠く感じ、どうにか数秒でも座らせてほしい状況にある人もいます。「誰に対しても優しく」というのは難しいものですが、いろいろな理由で、いろいろな体調になっている人がいることを考えられる社会になっていったらなと思いました。

自分の経験や知識、価値観のなかで生きている以上、私たちは誰でも視野の狭いメガネをかけています。視野を広くすると疲れてしまうので、いつでも自分のメガネを外して…とは思いませんが、たまには自分のメガネを外してみること、また、「みんな、視野の狭いメガネをかけてるんだよね」と思い合えることが、生きやすい世の中につながってくるように思います。

福祉的な視点が広く浸透してほしいと思う気持ちと同時に、そうではない生き方がもつ素晴らしさも知っていくことが大切です。お互いにかけているメガネを大事にしつつ、たまには外してみたり、交換してみたりできる心の柔らかさが広がっていったらいいなと思います。

優先席のことを少し書きましたが、私は「優先席」という枠組みはなくなればいいなと思っています。優先席のイラストではとても表現しきれない人が、周囲からのちょっとした配慮を必要としているように思うのです。枠組みに頼らない柔らかさで、お互いに温かくし合える環境ができたら、もっと多くの人が生きやすくなると思っています。

Ana Letterでは、いろいろな背景のある方へインタビューをしています。今回は、いわゆる「当事者」と呼ばれる方やその家族へのインタビューをラインナップしました。自分のメガネを少し外してみたいと思ったとき、ぜひ記事を読んでみてください。

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WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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