インタビュー

暮らしている地域の中でトータルで支える仕組みづくり、家族支援のありかた(かるがも藤沢クリニック おうち支援部 江利川ちひろさん)

藤沢市内に「おうち支援部」という取組みがあることをご存知でしょうか?藤沢駅北口から歩いて2分のところに「かるがも藤沢クリニック」があります。毎週月曜には「おうち支援部」という外来窓口があり、発達がゆっくりな方や医療的ケアが必要な方、障がいのある方など、健康に不安のあるお子さんに対して、必要な診療と家族支援をおこなっています

おうち支援部でソーシャルワーカーを務める江利川ちひろさんは、藤沢市内で子育てをしながら、家庭と地域医療、福祉、教育がつながる必要性を感じてきました。ご自身の経験とおうち支援部の目指すものについて、江利川ちひろさんに伺いました

「おうち支援部」とは、どのような取り組みなのでしょうか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

医療的ケア児を含む障がいのある子どもたちを、地域でみていくための活動です

この地域だと、横浜にあるこども医療センターとつながっているお子さんが非常に多いのですが、近年の周産期医療の進歩により、こども医療センターの患者さんが増えているため、地域で診ていきたいお子さんもいるのが現状です。しかし、お母さんたちはやはり大きな病院へ行くと安心するのです。

安心する理由は設備ももちろんなのですが、「ちゃんと話せる」「話してわかってもらえる」という部分が多くなります。地域のクリニックでは、医療的ケア児や障がいのある子どもを診たことがない先生も多くいます。そうすると、なかなか子どもの障がいや生活のことを理解してもらえないことも多いのです。

かるがも藤沢クリニックでは、その保護者の方々の想いに寄り添いたいということなのでしょうか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

そうですね。地域で診られる環境があり、保護者の方々が安心して頼れることが必要です。その入り口として、うちのクリニックが地域の中でそういったシステムをつくっていけたらと思っています。

キャパは大きくありませんが、ご家庭の負担を減らし、安心を提供できたらと思っています。こども医療センターや藤沢市民病院などの基幹病院としっかり連携して、毎月の診察はクリニック、3ヶ月に1回は基幹病院へ通院するなど、通院負担が減らすことを目指しています。

このシステムの中で、もっとも重視したのは相談支援です。通常、相談支援の事業所とは、3ヶ月に1回もしくは半年に1回ほどしかコンタクトを取らないことが多いです。「おうち支援部」では、日常的な相談を受けたいと思っていて、突然の困りごとでも「来週の月曜日、空いているかなぁ。ちょっと話したいな」と予約が取れる良さがあります

「おうち支援部」では、外来で相談支援を受けられるということなのでしょうか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

基本は、かるがも藤沢クリニックに受診している方、もしくはそのご家族が対象です。診察枠は、毎週月曜日の午前中で、「10時〜」と「11時半〜」の2枠を用意しています。1回1時間で、入れ替えもいれて1時間半です。しかし、なかなか1時間で終わる方はいないので、最近は基本「10時〜」の1枠にして、ゆっくりとお話が聞けるようにしています。

かるがも藤沢クリニックには、医師、看護師、助産師、保育士、公認心理師や社会福祉士がいます。入り口は医師になりますが、そこから授乳相談なら助産師が入るなど、それぞれの外来をそれぞれの専門職が持っていて、相談できるようになっています。(おうち支援部、詳細はこちら

相談できるのは、障がいのあるお子さん自身のことでしょうか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

子どもの相談が多くなりますが、それ以外のご家族の相談も可能です。たとえば、障がいのあるお子さんの兄弟支援が必要な方や、障がいのある子のケアと祖父母の介護をしているダブル介護の方もいます。私は社会福祉士なので、障がい者支援だけでなく、高齢者支援などの相談も含めて「家族支援」を大事にしています

実際、困っていることのメインが「障がいのある子」ではなく「まわりの家族」であることも多いです。たとえば、離婚したいが、ひとり親になったときにはどのような制度が使えるのか、また、祖父母の介護や兄弟の発達が気になるなど、家庭の困りごとの中心が障がいのある子だけではないことがあるのです。お母さん自身の話をする場所がない場合もあります。おうち支援部なので、家族丸ごと、どのような話でもいいですよ!というのを大事にしてます

地域にある医療や福祉、教育などがつながっている必要性があると感じるようになったきっかけには、江利川さんのこれまでの背景があると思います。そこも伺っていいですか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

私には3人の子どもがいて、上の2人は双子です。双子の長女は医療的ケア児、次女は健常児。年子の弟は下肢に麻痺がある子です。小さい頃から質の高い医療を受けたいと、遠くの病院に3人を連れて通っていました。その子たちも、今では、長女と次女は17歳、下の長男は15、6歳です。

時の経過とともに、15、6年前にできていたことができなくなってきました。たとえば、15、6年前は、私の両親も私と全く同じことをできていましたが、今では後期高齢者となり、長距離運転をさせるのは怖いし、医療的ケア児の娘のオムツを替えるのもやっとです。抱っこも無理になり、バギーからのトランスも1人では無理になりました。そういう状況の変化で、今までは丸一日預けられていたことが、両親が年をとることで頼れなくなっていくのです

そうしたときに、やはり地域でつながりがあるのは大事だと思います。熱出したからといって、横浜まで行くのは正直、難しいです。そのとき、それがクリニックや在宅で済めば、通院の負担を減らすことができるのです。それだけでも、すごく大きいことだと思います。

確かに、そのとおりですね。家族全員のライフステージが変わってくる…ということですものね。

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

そうなんです。実体験としては、そこが大きいですね。時間の変化とともに、見てくれる人が変化していくのは必然です。加えて、子どもは大きくなり、医療的ケアが多くなることで、受け入れ先も減っていきます。レスパイトもあったとしても、近くでは行かれないことが出てくるのです。

その課程を経て、「家族支援」にたどり着きました。私自身、障がいのある子どもを育てるお母さんのケアをしたいと思い、社会福祉士の資格を取ろうと思ったのですが、学んでいくうちに、お母さんだけのケアでは全然ダメだと気づいたのです。

家族を一つのチーム、家族システムとして見ていかないとダメなのだと学び、今、大学院で家族支援の研究をしています。研究テーマは『医療的ケア児を育てる家族の負担感の要因』です。研究していく中で、「やはり、これが足りないよね」と実態が見えてくるので、それをおうち支援部でも還元できたらいいなと思っています。

江利川さんは「おうち支援部」で、どのような想いで働いていますか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

「障がいのある子どもを育てる」というと一言ですが、とても一言ですむ問題ではなく、その家族の人生が変わるほど大きなことです。少しでも、その負担を減らしたいです

通院の距離など物理面もそうですが、もっとソフトな部分にアプローチしたいと思っています。家族のメンタルの安定などの心の内部を注視したいですね。気軽に話せて、1時間ずっと相談ができて、いつでも行けるという場所はあまりないと思うので、その環境を大切に支援していきたいです。

「おうち支援部」の今後の目標はありますか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

もう一つの壮大な夢として、他の小児科クリニックでも「おうち支援部」のような取組みが広がってほしいなと思っています。すべてはできなくでも「この枠だけでも、相談の枠をつくってみよう」「今まで障がいのある子を受けたことがなかったけれど、受けてみようかな」など、医療機関が少しずつ変わっていくことで、徐々に街が変わっていくと思うのです

それにより、基幹病院の予約枠を少しでも空けることができたら、本当に必要な子どもたちにその枠を渡すことができます。これはとても大切なことだと思っています。少しでも近くで産むことができ、少しでも近くで育てることをサポートできる環境が増えるといいなと思います

江利川さんは「福祉」をどのように捉えていますか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

大学では「福祉」とは「ふ:普通の」「く:暮らしを」「し:幸せにする」と最初に習った記憶があります。しかし、実際は、そのような「ほわんとしたもの」ではなく、もっと生々しく生活の中に入り込む仕事だと思っています

対象の方を中心に置いたとき、その近くに医療や教育が存在し、その周りを囲むように福祉があるようなイメージがありますが、実際は、その方の一番近く、一番生々しい部分に入り込んでいかないと福祉的な支援はできないのかなと思っています。経済的なことや介護、夫婦仲のことなど、あまり知られたくない人もいると思いますが、そこを知らないと本質的な支援はできないです。

信頼できて何でも話せるような状況でないと表面的な支援しかできません。「福祉」は何かと聞かれたら、ほわんとしているようで、実は生活の一番中心に近いところに入り込む人、そういう仕事かなと思っています。

「障がい」については、どのように捉えていますか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

「障がい」と聞くと、不幸や悲しいことというイメージがあります。確かに、障がいがあるという事実は悲しいと思うのです。でも、時代が変わり、今は自分で障がいを変えられる時代になっているように思います

この時代に生まれたからこそ、さまざまなツールを使うことができる。障がいはないほうが良いのは絶対ですが、それでも、本人や家族の捉え方によって、明るくなることができるのかなと思っています

最後に、今後、どのような社会になっていったらいいと思いますか?

江利川ちひろさん
江利川ちひろさん

障がいのあるなしに関係なく、一緒に育つことが必要だと思っています。教育現場の分離についても、考えていかないといけません。日本では、障がいの内容に関係なく「障がいがある=分ける」という世界観がまだあります。

障がいがあると分かれば、児童発達支援に行き、特別支援学校に行き、そこから福祉的な就労をしていくというのが、大きなレールの一つになっています。そのレールが必ずしもダメなわけではありません。しかし、それにより、障がいのない人が障がいのある人のことを知らない状況が生まれ、社会の溝は埋まらず、偏見もなくならないと思うのです

私は、障がいの状態に合わせ、教育分野では特別支援があったほうがいいと思っているので、そこをごちゃまぜにする必要がどこまであるかは考えるべきだと思います。しかし、その前にある、子どもたちが初めて「集団」という社会に出る、保育園・幼稚園世代こそ、インクルージョンを実現していくことが必要だと考えます。小さい頃、障がいのあるなしに関係なく一緒に育つことが、大人になったときの偏見や隔たりをなくすのではないかなと思っています。そうなったらいいなという願いですね。

インタビューを終えて

家族全員のライフステージは常に変化をしていく…その当たり前を、どこか遠くに置いていたように思います。一人ひとりが変化をし、家族というバランスのなかで課題はうつりかわっていく。それは身体面や体力面もそうですが、精神的な面も大きいです。家庭のなかの支え合いと地域が担う支え合い、さまざまなバランスを構築し、繰り返し見直す時代がやってきているように思います

日常の苦しさは、課題の大きさではなく、もっと小さな重なりから生まれるのではないかと感じます。おうち支援部が実現する「気軽に話せる場所」はその存在だけで心を楽にし、課題の大きさや質に捉われずにふらっと相談ができるのではないかと感じます。

安心して相談できる、それはきっと「こんなことで相談しにきたの?」と言われないこと、そして、人と人がつながり、いろいろな方面から支えられていると実感できることなのではないかと思いました

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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