インタビュー

新しい出会いや経験で、壁が崩れる瞬間が好き(音訳指導者・尺八奏者 安田知博さん)

右に安田知博さん、左に小川。向かい合いながら、インタビューする様子。コロナ禍なので、マスク姿。

藤沢市点字図書館では、文字で書かれた図書や資料を音声化する音訳ボランティアの皆さんが活動しています。定期的に開催される講習会は、音訳の技術を高めるとともに視覚障がいへの理解を深める機会となっています。

令和4年3月には、先天的に視覚障がいがある安田知博さんが、音訳の講師として、藤沢の地へ来てくれました。安田さんは、テレビや映画の解説放送のナレーターだけでなく、尺八奏者としても活躍されています。音訳の価値をはじめ、安田さんが好きと話す「壁が崩れる瞬間」について伺いました。

音訳の講習会は、よくやっていらっしゃるのですか?

拠点は関西、特に大阪です。初めて音訳をする方への養成講座をおこなうことが多く、今回のような単発の勉強会は、ご縁があればやらせていただいています。

安田さん
安田さん

音訳講習会で安田さんが大事にされてることは何でしょうか?

講習が終わった後も、グループの活動や音訳のボランティア活動で役に立つような、あるいは困ったときに思い出してもらえるような話をしたいと思っています。

SNSが普及して情報共有の時代に入ったといえども、音訳のコミュニティは、まだ「どこにいても、人と繋がれる」という状態にはなっていないので、私が全国各地で伺った、個性的な活動の話などをできるだけ多くの方にご紹介して、エネルギーにしていただけるように、と思っています。

安田さん
安田さん

本を音声化する「録音図書」は、音訳グループの方々が作ってくださっていますが、今後への想いなどはありますか?

最近の合成音声も便利ですが、私は今41歳なので、あと50年ぐらい手作業の録音図書を聞きたいと思うと、今のシステムが長く続くようにしていかなくてはいけません。音訳は、シニア世代の皆さんを中心に頑張ってくださっているのですが、やはりいろいろな世代の人が入ってきてくれた方がいいですね。

それと同時に、男性にも入ってほしいです。お勤め中の人でも参加できるシステムをつくる必要があるなと思います。あとは、学生時代に放送部だったなど、話すことを仕事にはしていないけれど、何かの形で自分の経験を役立てたいと思っている人も多いです。なので、私が指導で高校の放送部へ伺うときは「音訳」という活動があることも紹介するようにしています。

安田さん
安田さん

アナウンサーなど、話す職業の方も音訳の現場にいるのでしょうか?

契約キャスターやリポーターなど、何かをきっかけに「喋る、読む」に関わった人たちの中にも、音訳に関心を持ってくれている人もいますが、いろいろな理由で音訳者としてデビューする前に終わってしまうことがあります

発声や発音の練習を、初心者の方と一緒にやることが難しかったり、何となく馴染むことができなかったり、少し威張ってしまったり、チームワークが崩れてしまうことがあるのです。私としては、できるだけそういう方々の橋渡しもできたらいいなと思っています。

安田さん
安田さん

AIや合成音声なども増えてくる中で、手作業でおこなう音訳の価値は何でしょうか?

一度聞いただけでより深く理解できる、聞き手が努力しなくても理解できるものを作ろうとすると、今のところ、手作業の音訳でないと難しいですね。

今は、昔よりも合成音声が広まり、合成音声を聞くことに人々が慣れてきました。なので、市政だよりのゴミ出しカレンダーのような無機質な情報で良ければ、そのうち合成音声で十分になると思います。合成音声は、今のところ、あらかじめプログラミングされたものに則って読むので、意味のまとまりを分かりやすく伝えることは難しく、喋る速度も一定です。

そういう均一な音声を聞く場合、聞く側が自分の頭で、もう一度咀嚼し直して理解していくという作業が必要になります。これは、ある意味、聞き手にストレスがかかる方法です。ここにAIが絡んできたら、いくらか良くなるかもしれませんが、今のところ、合成音声では足りないことがたくさんあります。

安田さん
安田さん

今日、安田さんが教えてくださった、文章をどう伝わりやすく読むかという音訳の技術ともつながりますね。

そうですね。あとは、今日の講座ではやらなかったのですが「文字以外の部分」です。グラフや写真など、文章ではないものを言葉で説明する力も音訳には求められています

合成音声は、文字ではないものを説明をすることはできないので、最終的に合成音声に喋らせたとしても、グラフや写真を説明するコンテンツは自分たちで作らないといけません。なので、音訳者たちの「説明力」は、時代が進んでも残っていくと思います。

これはラジオ的な話です。ラジオのリポーターが中継するとき、目の前で繰り広げられている情景を「音」だけで説明しないといけない。目の前の情報を言語化するスキルは、アナウンサーやリポーターさんの強みだと思います。音訳者のもつ「説明力」はプロに比べると薄いので、そういう技をもらう意味でも、業界の人に音訳の世界に参加してもらいたいと思います。

安田さん
安田さん

音訳講座では、受講された皆さんが安田さんのトークに惹きつけられているのが印象的でした。しゃべりの世界に進んでいったきっかけは何だったのでしょうか?

私は熊本の盲学校出身で、盲学校に入る前からラジオが身近だったので、それも一つのきっかけだと思います。ただ本当の出発点は、中学生の頃の「交流」ですね。

当時、出身校では、地元の音訳グループの皆さんとの「交流」があったのです。最初はちょっと微妙な交流でした。一緒に給食を食べたり、動物園に行ったり…正直、どうしていいか分かりませんよね。親以上、いや、おじいちゃんおばあちゃん以上に年の離れた皆さんと「一緒に食事」と言われても、お互いに楽しくないのですよ。

それでは良くないので、せっかくなら音読を習ってみたら?ということになりました。それが、「話す」面白さに気づいた第一歩かなと思います。ラジオが楽しかった記憶もありますが、直接気づかせてくれたのは、やはり音訳グループの皆さんです。

その後、放送部に入り、実際に校内放送で情報を伝えたり、他の学校の人たちとイベントの司会をやったりしてきました。まぁ、放送部は圧倒的に女子が多いので、それも楽しかったですね(笑)

安田さん
安田さん

放送の魅力も、そこで感じたのでしょうか?

そうですね。喋るのは面白いし、得意なことだなとも気がついて…。高校時代には全国高校放送コンテストに出たり、選抜高校野球の式典アナウンスをしたりしました

放送から得たものは他にもあります。私の中では「交流」という、一緒に何かをするというのは、とても無理をしてやることだと思っていたのです。それが、放送という活動だったら、何も無理しなくても、自然と一緒にやれるなと感じました

安田さん
安田さん

安田さんは、人に「伝える」ということも大切にされているのでしょうか?

大切にしていますね。音訳講師の仕事でも、これから頑張ってもらうための情報やエネルギーを提供する、という意味で「伝える」ということを大事にしています。

それから、私は尺八の演奏家もやってるのですが、尺八の演奏も、ただ演奏するだけではなく、尺八という楽器を身近に感じてもらうことを大切にしています。いつまでも珍しい楽器に甘んじているのが好きではなく、珍しいを超えて、もっと身近なものにするためにはどうしたらいいか?「古いんじゃないか」「退屈なんじゃないか」と思っている人たちをどう振り向かせるか?ってね。

これも一種のバリアですよね。「あんなの無理」「興味ない」と思っている人たちに、「いやいや、みんなが好きになるかどうかは分からないけど、難しくはないから聞いてみて!手に取ってみて!吹いてみて!」と伝えたいですね

安田さん
安田さん

確かに「難しいし、分からないし、縁遠いもの…」と勝手に距離をおいてしまいそうです。

尺八の体験会では、実際に吹いてもらいます。尺八は「首振り三年ころ八年」ということわざもあるので難しく思われがちですが、3分ほどで音が出てしまう人も結構います。

子どもたちは偏見がないので、小学校で体験をやると、最初は恐る恐るですが、みんな吹き始めます。意外と何も楽器をやったことがない子が急に音を出せることもあるのです。そうすると、その場の人間模様がガラッと変わり、音を出せた人はすぐ先生になり、1回音が鳴ると嬉しくて尺八を手放したくないので逃げ回ったり、そうやって壁が壊れていく。それを大人たちが遠巻きに見て、そこから、また何かを感じる…。

音訳でも、尺八を広める活動でも、目の前で壁が崩れていったり、人が変わっていく様子に立ち会うのが好きですね。なるべくそういう瞬間を自分でもたくさん作りたいし、立会いたいなと思っています。

安田さん
安田さん

いろいろな楽器がある中で、どうして「尺八」だったんですか?

尺八との出会いは、小学4年生くらいかな。新しくきた理科の先生が尺八を吹いたり作ったりする人だったのです。興味のある5、6人が校内で尺八の練習をしている感じでした。音が鳴るまではやりたい、音が出せたら曲を1曲やれるまでやりたい…と、面白くなっていったのです。

ピアノなら「バイエル、終わった」など、分かりやすい評価がありますが、尺八はやっている人がほとんどいないので、すぐに評価を受けることもなければ、決まったレールの上を歩んでいる感じがなかったのも楽しかったのだと思います

あとは、視覚障がいがあり、少し目立ったことやると「見えないのにすごい」「見えないのに偉い」など、そういう反応がもらうことがあるのですが、尺八は誰も「見えないのに」と言わないのです。「若いのに珍しいね」とか、きっと視覚障がいというインパクトより、目の前に尺八を持っている人がいる、吹いている人がいるというインパクトの方が強いのかなと。

「見えないのに」ということから逃れて、自由に楽しめるという面白さもあり、長く続いたのかなと思います。目が不自由ということと繋げないで、皆さんが接してくれるのが面白かったです

安田さん
安田さん

障がいの種類に関係なく「障がいがあるのに」という表現は、社会の中で多い気もしますが、どう感じていますか?

これは難しいところですね。今「障がいから離れられる」という話をしましたが、いざ、私が演奏家として自分がやるコンサートをメディアに取り上げてもらいたいとなると、視覚障がいということに一切触れずにやるのは難しいです。メディアで書く側もそうだと思いますが、視覚障がいということを書かず、ニュースにできるのだろうか?と考えます。

私自身も、その部分に上手に甘えながらやっている側面もあるので、難しいし、正直、割り切れないところです。ただ、その記事だけを見た方がどう思うかは分からないけれど、実際に足を運び聴きに来てくれた方や動画などにアクセスしてくれた方には、そういうことを忘れさせるようなパフォーマンスを提供したいなと思います

安田さん
安田さん

安田さんの視覚障がいは、どのような感じなのでしょうか?

先天性で、光覚弁や手動弁というジャンルです。見えるレベルは数字でいうとゼロだけど、明るさの変化は感じ取れるというものです。なので、目隠しをすると恐怖感があるし、感覚が狂ってしまいますね。

安田さん
安田さん

安田さんが感じる、社会の中にあるバリアはどのようなものですか?

物理的にはいろいろあります。その中でも「総合的に自己実現が図れているか」というポイントで考えますね。

たとえば、今日も夕方には仕事が終わるので、湘南台の夜を楽しみたいと思っても、なかなか難しいものです。ホテルの人に「一緒に歩いて案内してもらえませんか?」とは頼めないですし、1人でウロウロして、歩いている人を呼び止めて「ご飯を食べたいんですけど」という度胸も、私にはありません。時間はたくさんあるけれど、無難にお弁当を買って、宿に戻って食べるとなってしまいそうですね。

「総合的に自己実現が図れるか」というと、どうでしょうか。以前と比べたら、道行く人が声をかけてくれたり、公共交通機関もサポートしてくれたりしますが、もっと垣根が低くなって、フラッと外に出ても、適度にお節介をやいてくれる人と出会えたらなぁと思います。

今のスマホは、音声でカーナビのように歩行者を案内してくれるシステムもあるので、道具も使い、人にも頼り、ちゃんと納得のできるレベルで、総合的に自己実現が図れる社会になったら、外に出ようとする視覚障がい者も、もっと増えるかなと思いますね

安田さん
安田さん

フラッと外に出る、ちょっと何か飲んでから帰る、そういう楽しみを新しい土地でもしたいですよね。

酔っ払ってしまえば、むしろ簡単かもしれないです(笑)
「酒場放浪記(テレビ番組)」に憧れているところもあります。吉田類さんて、コメントしながら食べてくれるので、あの番組は副音声がついてなくても結構楽しめるのです。ただ値段がね、字幕ですけど(笑)

安田さん
安田さん

インタビューを終えて

取材時、湘南台での夜は「無難にお弁当」と語っていた安田さんですが、実際にはホテルの近くにある焼き鳥屋さんで楽しく過ごされたようです。まさに酒場放浪記。そして、焼き鳥屋というチョイスも、なるほど〜!と感じますね。

音声で伝えられないのが残念なくらい、安田さんの発声、発音、巧みな日本語力に、同じアナウンサーとして憧れの念を抱いた取材でした。さらっと高校時代のエピソードを語られ、そこでの成績は話されませんでしたが、NHK杯全国高校放送コンテストで3年連続優勝を果たすというビックリするほどの経歴を持っている方です。

インタビューの中で印象的だったのは、尺八の話。知らないものは縁遠くなり、自分の中のイメージから壁をつくってしまう。それは、尺八や障がいもそうですし、国籍や年齢、性別、すべてのものに共通するように思います。少し近づくことで、世界が変わり始める…本当にそうだなぁと何度も頷いてしまいました。

また、その後に語られた「障がいがある」という表現。世の中には「障がい者のつくった○○」とプロモーションされ、そこにいる個人よりも「障がい」が先にクローズアップされてしまうことがあります。まるで障がいがあれば、誰でも良かったかのように聞こえる謳い文句は、あまり好きではありません。しかし、本来であれば、障がいも、ほかの個性と変わらない一つの個性。「美しすぎる○○」「二刀流の○○」というように、もっと「障がい」という言葉が平凡になり、もっと楽に使えて、もっと敏感にならなくていい社会になっていったらいいなと感じました

右は安田知博さん、左は小川。アナウンサー同士のツーショットに、小川は嬉しくなり、ピース。

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

RECOMMENDおすすめ記事