インタビュー

柔道の本質と向き合う、障がいのある人もない人も、同じ道場へ(濵名道場 濵名智男さん)

2022年11月、オーストラリアで開催された知的障がい者スポーツの国際大会(柔道)で、日本人選手が初出場・初優勝を飾ったのをご存知でしょうか?ダウン症の部で優勝したのは、神奈川県大磯町にある濵名道場の小林陸選手です。

この道場に通う3人に1人はダウン症や知的障がいなどの障がいがあります。道場では、障がいのある選手とない選手を分けることなく、稽古はおこなわれ、それぞれが本気で柔道と向き合っています。「何も特別なことをしているわけではない。本来の柔道をやっているだけ」と話す、代表の濵名智男さんにお話を伺いました

最初から、障がいのある子にも柔道を!と思っていたのですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

そうですね。この道場を始めたとき、障がいのある子も来てくれたらいいなと思っていました。そう思ったきっかけは自分でも分からないのですが、「道場」はそういうものだと思ったのです。

障がいのある子もない子も関係なく、いろいろな子がいて、柔道と向き合っていく…いわゆる「普通」といわれる子たちも、物分かりの良い子や悪い子などいっぱいいるじゃないですか。だから、障がいの壁はないと思っていたので、障がいのある子も含めて、誰でも来てほしいと思いましたね。

実際に道場を始めると、すぐにダウン症の子が入門されたと聞きました。そのきっかけは何だったのですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

妻(濵名三代子さん)がどこかで声かけたのかな?すぐに3人のダウン症の子たちが入ってきました。そのうちの一人が、今回優勝した小林陸です。それから、徐々に徐々に増えていき、今ではいろいろな特徴をもった子たちがいます。その子たちを見ていると、やはり「障がいの壁」はないと思うのですよ

試合をすれば、本人たちもすごく生き生きするし、周りも喜んで応援する。そういうところも、障がいがあるかどうかで何も変わらない。私もいろいろな障がい者の柔道大会と関わっていますが、試合という発表の場があるのはいいな、楽しいなと思いますね

ここの道場では、ダウン症の子がケガをしないように何か特別な方法で稽古しているのですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

特別なことは何もありません。本来の柔道をやっているだけです。柔道の父とも呼ばれる嘉納治五郎がつくった「最初の柔道」を大事にしています。

今は競技化されて、本来の柔道とは全く違う形になってしまっているけれど、元の柔道に戻していけば、間違いなく安全な柔道ができると思いました。実際に、嘉納治五郎は何十年も前に「柔道で怪我なんかするわけがない」と明言しているんですよね。

「元の柔道」とは?

濵名智男さん
濵名智男さん

嘉納治五郎は、柔道の教えの中で「姿勢を正しましょう」「相手と合わせましょう」と伝えています。その上で、相手に気づかれないように工夫して技をかけていく、それが柔道なのです。

「姿勢を正す」「相手に合わせる」ことは、知的障がいのある子たちにとっても、とても大切なことです。教え方次第で、相手と気持ちを合わせて、相手の動きに合わせていくという動作を学んでいくことができる。そこからさらに、進んでいけば、相手の先を読む、技をかけるという動きもできるのではないかと。

試合や勝つことを通して何かを学ぶのではなく、柔道は、柔道そのものから学ぶことができるスポーツです。嘉納治五郎も「嘉納塾は、柔道をスポーツとして捉えたわけではなくて、教育として捉えている」と。これは、知的障がいのある子たちに限ったことではないのですが、「攻撃防御の練習を通して、心も磨いていきましょう。そして、人生に役に立つようにしましょう」そこだと思っています。

道場を開いた頃から、本来の柔道を大切にしたいという想いだったのですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

いや、違いますね。3人が入った頃は、やはり「強くさせたい」という近年の柔道の考え方でした

なので、障がいのある子に柔道を教える方法を学ぶため、スウェーデンに行き、「楽しい柔道」を学びました。これは、今までの概念を覆される出来事でしたね。ヨーロッパでは、ボールやフラフープを使って道場で遊ばせるのです。これなら障がいのある子にもできるし、いいな!と思い、うちの道場にも取り入れ、最初はそれで広げていったのです

だけど、数ヶ月もしないうちに「これ違うんじゃないか?」と感じました。「楽しいけれど…これは柔道じゃないな」と。これなら、他のスポーツでやればいい。彼らは柔道をやりに来ているわけだから…と、もう一度、柔道とは何だろう、彼らに意義のある柔道は何だろうと考えていったときに、原点である「本来の柔道」に戻ったのです

この道場ではクラスを分けず、障がいのある人もない人も一緒に稽古していますが、一緒にやる良さは何ですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

一緒にやるのは当たり前のことですね。もちろん、一定の配慮は必要ですが、特別に何かをするということはありません。障がいのあるなしに関わらず、覚えるのがゆっくりの子もいますし、彼らは時間はかかりますが、それぞれちゃんとできるようになっています。

障がいのある子たちが常に教えてもらう立場かというとそうではないのです。経験の長いダウン症の子は、初心者が入ってくれば、ちゃんと帯の結び方なども教えてあげてるし、初心者たちは彼らをリスペクトしています。地域の学校では、通常級と特別支援級で分けられていても、それでも、放課後には普通に遊んでいますからね。私たちが障がいがある子たちのことを普通だと思っているように、彼らも、もはや普通だと思っているのではないでしょうかね

「特別」ではなく、本当に「普通」ということですね。

濵名智男さん
濵名智男さん

そうですね。彼らだからといって、ワガママとかは許しませんし(笑) 何かやれば、彼らのことも注意するし、同じように怒ります。だから、そういう意味でも、あんまり壁がないなと思っています。

もちろん、障がいのない子たちの中には、実は違和感を感じていて、学校では仲良くできないけど、道場で一緒にいるときだけ仲良く付き合っている子もいるかもしれない。だけど、将来的には…やっぱり普通になると思いますね、大人になればね

稽古の中では、どのように指導をしているのですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

柔道は、簡単に説明すると、相手を投げること、相手に投げられたときに防御すること、相手を攻めることに分かれています。その3つを「今はこういう指導をしている」ということが、障がいがある人にも分かりやすいようにして、その動きを練習するのです

ただ、本当に投げ捨てるようなことは絶対にさせないようにして、歩き方とか姿勢とかそういう基本のところを工夫しながら、ゆっくりと時間かけて教えていく。そうなると、柔道の中で危険といわれる動きが練習中から一切なくなるわけです。だから、お互いに練習していても危険ではないのです

濵名さんにとって、障がいのある方々はどのような存在ですか?

濵名智男さん
濵名智男さん

よく「彼らは下」に見られてしまうことがあるけれど、私にとってみると、彼らはすごい存在なのです。私をいろいろなとこに連れていってくれる。もちろん、海外に勉強に行くなど物理的なものもありましたが、そうではなく、柔道の本質と向き合わせてくれるのです

今までの人生もたくさん柔道と向き合ってきましたが、彼らと一緒に柔道をやっていると、今まで出会わなかった問題と出会うのです。「これ、どうなってんだ?安全な柔道って何だろう?」「もし、こういう問題が起きたらどうする?」と、彼らはいることで、いろいろなものを突きつけてくれるのです。柔道と何度も向き合い、一緒に成長していける存在ですね。だから、私にとっては、かけがえのない存在…仲間というのでしょうか、そんなふうに思えていますね

インタビューを終えて

濵名智男さんは、柔道の基本技術を競う形競技の世界チャンピオンなので、このインタビューでは触れていない柔道と向き合い続けた人生があります。その濵名さんが語る「障がいのある子たちは、柔道の本質と向き合わせてくれる」という言葉に、たくさんの重みを感じました。

3人のダウン症の子たちが入門した当時、彼らが出られる柔道大会がなかったため、近隣に声をかけ、弱い子たちが何度もリーグ戦ができるような大会をつくったそうです。3人が日頃の成果を発表し、喜び、応援にしているみんなが喜ぶという光景は、今の濵名さんの原動力になっているように思います。

「何も難しい指導方法があるわけではない。どこの道場でもできる。多くの道場が障がいのある子たちを受け入れてほしい」そう濵名さんは話していました。柔道をやりたい!と思った障がいのある子たちに機会を提供すること、そして、柔道を指導する人が、もう一度、柔道の本質と向き合える機会を得られる、その価値を教えてくれました

参考:一般社団法人 全日本知的障がい者スポーツ協会

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WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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