お知らせ

「情報は光になる」——孤独なケアラーを一人にしない、藤沢市ケアラー支援推進シンポジウム

2026年3月14日、藤沢市役所にて「藤沢市ケアラー支援推進シンポジウム」が開催されました。会場とオンラインを合わせて100名以上の方にご参加いただき、時には涙を流しながら頷く方の姿も見られるなど、非常に温かく、熱量のある時間となりました。

私も現在は育児と家族のサポートが重なる「ダブルケア」の真っ最中であり、今回はパネリストの一人として登壇させていただきました。

「ケアする人もまたされる方も取り残さない」——そんな優しい理念が込められた藤沢市の新しい条例のもと、孤独なケアラーにいかに情報を届けるかについて語り合った当日の様子をレポートします。

ケアラーは「自分がケアラーだ」と気づいていない

基調講演に立たれた関東学院大学看護学部教授の青木由美恵先生のお話の中で、最も印象的だったのは「ケアラー本人は、自分がケアラーだと思っていないことが多い」というご指摘でした。

目の前の家族を支えることに必死で、自分が「支援されるべき対象」であることに気づけない。だからこそ、相手が欲していないタイミングで制度の話だけを伝えても、それはただの「雑音」になってしまう。情報が本当に届くためには、日頃からの「顔の見える緩やかなつながり」が不可欠であるというお話に、会場の多くの方が深く頷いていました。

そして、青木先生が講演の結びに語られた「看護におけるケアの本質」についての言葉が、会場の空気をさらに優しく包み込みました。

「一人の人の人格をケアすることは、最も深い意味でその人が成長すること、自己実現を助けることである」。ケアとは単なる負担として取り除くべきものではなく、人の命を支える尊い行為であり、ケアをする人自身も豊かになっていく時間を過ごしているのだというメッセージです。

この言葉を聞き、私は「ケアとは本当にそうあってほしい」と強く願う気持ちになりました。もちろん、この言葉によって日々が豊かになった人もいると思います。けれど現実には、そうではない人や、毎日そう思えるわけではない人が数多くいるのも事実です。

大切な人をケアすることを人生の豊かさにするためには、個人の心の持ちようだけでなく、社会の構造そのものが変化していく必要があります。いつかケアの日々を振り返ったとき、あの時間は人生の大切な1ページであったと思えるような社会にしていきたい。私自身、改めてそう強く心に誓う時間となりました。

共に登壇したお二人が教えてくれた、見えない壁とつながりの価値

第2部のパネルディスカッションでは、私を含めた3名のパネリストが登壇しました。共に登壇されたお二人の言葉には、経験者だからこそ語れる深いメッセージが詰まっていました。

「若年性認知症本人と家族の会、絆会」代表の伊草光一さんは、ご家族のケアに奔走されたご経験から、当事者同士のピアなつながりの重要性を語ってくださいました。先の見えない不安の中で、同じ経験を持つ仲間だからこそ「これからはこんな準備をしておくといいよ」と、タイミングを見極めてアドバイスができる。そんな当事者同士のネットワークが、どれほど大きな支えになるかを教えていただきました。

そして、元ビジネスケアラーの小池隆太さんは、20代という若さで働きながらケアを担った際のご経験を共有してくださいました。「まだ若いから」と同世代に境遇を共有できる人がおらず、働きながら使える制度があることすら知る術もなかったという切実な現実。社会の中に存在する「見えない孤独」を、非常にクリアな言葉で浮き彫りにしてくださいました。

情報は光になる

「では、情報を届けるとはどういうことか?」

この問いに対し、私は自身の対人支援の経験や現在のダブルケアの経験から「情報は光である」とお伝えしました。

10年前、初めて家族のケアに直面した私は、誰にも相談できずに孤立していました。ようやくつながった窓口で「一人で抱え込まない方がいい」と温かい言葉をかけられても、具体的なサポート先や方法が見えない状態では、抱え込んで連携できていないこと自体を責められているような気にもなってしまいました。

救いの言葉のはずがプレッシャーとなり、「ちゃんとしなきゃ」と必死に自分を保とうとした私は、誰にも弱さを見せられなくなり、結果的にさらに深い孤立へと陥っていったのです。

情報とは、単なる制度の知識やパンフレットのことではありません。

「ここから人生の作戦会議の始まりだよね」と迎え入れてくれる人とのつながり。自分の弱さを見せても大丈夫なのだと思える空間や人。事務的な手続きだけでなく「しんどいですよね」と心に寄り添ってくれた、あの温かい言葉。

それらが重なり合って初めて、情報は暗闇の中にいるケアラーにとっての「光」になります

そして、小池さんが「その光を見つけた後に、それを灯し続けるための行政や周囲の継続的な支援が必要不可欠だ」と力強く補足してくださり、会場に一つの大きな共感に包まれました。

「どう生きたいか」——ケアラー支援の先にある、私たち全員への問い

青木先生は講演の中で、「時間があったら何がしたいか」「ケアする人もされる人も自分らしく生きていただきたい」と、ご本人の望むものや自己実現を支える視点の大切さを語られていました。

日々のケアに追われ、今日を生活するだけで精一杯になってしまうと、そうした「〇〇したい」という希望を考える余裕すら失われてしまいます。

皆さんは、自分の人生をどう生きたいでしょうか。「自分の人生をどう生きたいか」という根本的な問い

これは決して、ケアラーだけに限った話ではないのかもしれません。日々の忙しさに追われ、「自分はどう生きたいのか」という大切な視点を忘れてしまっているのは、現代を生きる多くの人にとっても同じではないでしょうか。

ケアラー支援について考えることは、「特別な誰かを助けること」ではありません。「どう生きたいか」という人生のテーマを誰もが立ち止まって考え、お互いの自己実現を尊重し合える社会をつくっていくこと。ケアラー支援の先には、私たち全員の生き方に直結する、そんな根源的で大切な問いがつながっているのだと気づかされました。

社会の壁に柔らかくアナをあけ、一歩先へ

シンポジウムの終盤、会場からマイクを握ってくださった方が、「実はこの1年、家族のことで大変なことがあり、号泣しながら聞いていました」と感想をシェアしてくださいました。

社会の中には、役立つ制度という「情報」や、手を差し伸べてくれる「人」など、本来なら希望となる数多くの光が存在しています。しかし、その光が本当に届くかどうかは、渦中にいる人の「心のタイミング」や、さまざまな「巡り合わせ」に大きく左右されます。どんなに温かい光であっても、タイミングが違えば、すれ違い、異なる意図で伝わり、光ではなくなってしまう残酷な現実もあります

だからこそ、「どうかこの情報が、すれ違うことなく、誰かの一番必要なタイミングで届く本当の光になってほしい」。そんな、人の心と巡り合わせへの、祈るような想いを込めて、私は「情報は光であれ」という言葉を使いました。

障がいのある方や、病気を抱える家族のケアは、決して一部の特別な人たちだけの問題ではありません。違いを知り、お互いの痛みを想像しながら、社会の壁に柔らかくアナをあけていく。すべての人の想いを大切に、情報が本当の光になる社会を目指して、これからも「Ana Letter」を通じて発信を続けていきます

参考サイト:藤沢市のケアラー支援について(藤沢市公式サイト)

【お知らせ】学生のうちに、さまざまな福祉と出会ってほしい

学生が学生であるうちに、地域の多様な福祉の現場に出会い、そこにある想いに触れてほしい——。そんな願いからスタートしたプロジェクトのキックオフイベントが、今月末に開催されます!

「ふじさわこたね」成果発表会

日時: 2026年3月29日(日) 13:00~16:00 (開場 12:30)

場所: 藤沢市役所 分庁舎 (藤沢市社会福祉協議会 活動室1・2)

参加費: 無料

学生たちが福祉の現場を取材し、何を感じ、どう自分の言葉で発信するのか。ただの「報告会」ではなく、ここから始まる、新しい藤沢の“つながり”をつくるキックオフの日です。ぜひ、皆さまのお越しをお待ちしております!

お申し込みはこちらのフォームから
https://forms.gle/C7MTmm1YKEqaMSw99

障がいのアナの活動を応援する

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

RECOMMENDおすすめ記事