コラム

むぎむぎ通信 vol.23「学びはいつから「義務」になるのだろう?」

代表・小川優が綴る、日々のなかの気づきや、心に灯ることばのコラム。

育児、地域、仕事。小さくて、ゆっくりで、ささやかなものに宿る“光”を見つめる連載です。

さて、あっという間に1歳7ヶ月になった娘。最近はさらに色々なチャレンジをするようになり、「できること」「わかること」が驚きの速さで進化しています。

先日も、私がキッチンで料理をしていると、コロコロ……とタイヤが転がる音が聞こえてきました。

振り返ると、視界の左から右へ、おもちゃを入れた背高めのラックがひとりでにスーッと移動していくのです。

実はこれは、身長78cmの娘が立って押しているのですが、手前にあるテーブルの陰にすっぽり隠れてしまっていて姿は見えず……。まるでポルターガイスト現象のような不思議な光景に、思わずふふっと笑ってしまいました。

日々の成長を見ていると、本当に面白いです。

外を一緒に歩いていても、娘にとっては道端のすべてがチャレンジの舞台。

道の脇にある細い段差を見つけては、器用にバランスをとりながら歩いてみたり、駐車場へ入るちょっとした斜めのスロープを見つけては、わざわざそこを通ってみたり。

道にある数々の「ミッション」に次々と吸い込まれては、一生懸命にこなしていきます。まるでダンジョンのミッションみたいなものだからか、できるたびに嬉しそうにはにかんだり、誇らしげにドヤ顔をしたり……本当、毎日が楽しくて仕方がないようです。

自分にできることを、自分でやってみようと全身でチャレンジする娘。

自分にできないことも、自分でやってみようと頑張る小さな姿に「本当、毎日、えらいなぁ」と、娘という一人の人格を尊敬していました。

そんな姿を見つめながら、ふと思いました。

きっと、人は本質的に、「知りたい」「習得したい」「できるようになりたい」という、純粋な学びへの欲求を持って生まれてくるのでしょう。

大人になるにつれて、「学校」や「勉強」という言葉を聞くと、どうしても「えー」とため息をついてしまうような空気がありますが……

人間の本質は、娘が見せてくれている姿に近い、「生きること」や「探究すること」へ喜びを抱くものではないかと感じるのです。

いつしかその感情が失われたように感じてしまうのは、きっと探究心が、誰かに与えられた「義務」に変わってしまうからなのでしょう。

「やらなければならないこと」になった途端、あんなにキラキラしていた好奇心は、少し重たい荷物になってしまう。

好奇心に応えるように「学び」があるはずなのに、何とも皮肉な話です。

でも、娘の姿が教えてくれるように、大人の私たちの心の中にも「何かをしたい」という純粋な心が、今も静かに眠っていると思うのです。

もっと「生きたい」とワクワクしながら、この世界を見つめてもよいはず。

素直な探究心には、きっと理由も目的もなくていい。

ただただ「やってみたい」

ただただ「興味がある」

そんな純粋な好奇心だけで動ける世界を心の中に持てたら、私たちの毎日はもっと豊かになり、ひいてはそれが「もっと生きたい」と思える社会へとつながっていく気がしています。

何のしがらみもなく、今、あなたの心が動くのは、どんなことでしょうか。

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WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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