「ま、いっか」の哲学と、土と人の有機的つながり(ma,icca にこにこ農園 井上宏輝さん)

「ま、いっか」という柔軟な精神がそのまま農園の名前になっている、獺郷の「ma,icca(ま、いっか)にこにこ農園」。そこでは、土を耕さず、生命の循環を何よりも大切にし、人と人も有機的につながる。井上宏輝さんの哲学がその空間に息づいています。
教員から転身し、農園を主宰する井上さんは、植物の生命力を信じて環境を整えるように、誰もが自分の「形」を活かせる空間を創造しています。取材では、土の哲学から生まれた共生への想い、そして、これからの時代と向き合うための大切なヒントも伺っています。
教員からの転身と「ま、いっか」の誕生
井上さんが農業を始めたきっかけは?
白浜養護学校で高等部の農作業を担当していました。もともと農業高校の教員免許と取っていたのもあり、農業は自分のなかでわりと近い存在でした。
農作業では、生徒に「こうしろああしろ」といった言葉がけもそんなにいらず、種まくとか、土を寄せるとか、身体を動かしながらやる作業が多いので、自分にも合ってるなぁと感じていました。外の作業なので、「今日は寒いな」「風が気持ちいいな」とか、いろいろな要素や刺激を生徒に与えてくれるのも、「農業っていいな」と農業の魅力を感じる機会になりました。
そこから教員を辞めて、農業を始めることは勇気がいりましたか?
いや、そんなことはなくて。教員は教員で魅力はあったし、やりがいもあったし、楽しかったです。だけど、教員は環境的に人事異動もあり、安定的に人が回ってきます。自分じゃなくてもいいことは、自分以外の人がやったらいいんじゃないの、というシンプルな気持ちで転職を考えました。
当時、後継者不足や耕作放棄地などの社会的な問題もあったので、自分は農業のほうにシフトしようかなと思った感じです。
にこにこ農園という名前への想いは?
かっこいい名前付けたかったんですけど、全然思いつかず(笑)。もっと地球を耕す的な、かっこいいのないかなーとも思いましたが、にこにこ農園になりましたね。「にこにこ」の前には、「ma,icca(ま、いっか)」という言葉をつけています。
当時、働いていて精神的に苦しくなる人が結構多いなと感じていたので、苦しくなるよりは、「ま、いっか」と言って、気持ちをそらしたり、身を引けたらと思いました。「ま、いっか」と言えたら、苦しいときをやり過ごせるし、やり過ごせちゃえば、またその経験が良い仕事につながったりするのかなと思い、この言葉をつけています。
「ま、いっか」っていい言葉ですね。
「ま、いっか」と最初に使ったのは、教員時代のバリアフリーキャンプで、有志で披露した劇のときでした。僕は最後の山場でセリフが出てこなくて、「…ま、いっか!」と言ったら、その場が流れたんです。
そこに流れがあったかもしれないけれど、その流れも忘れて。もう一度、そこから仕切り直そう、みたいな。「ま、いっか」ってすごいなと思いました。乱用はダメですけどね(笑)
にこにこ農園のサイトに書かれている「人も自然も有機的に関わり合う農を目指して」という言葉も印象的です。
当時、農業と福祉をやっていきたいと考えていた僕に、地元の有機農業のレジェンドは「農業と福祉の両方は無理だよ」と言ってくれました。その後、話して行くなかで、「井上さんが言ってることは、本当の有機農業だね」と言ってもらえるようになったんです。
有機農業というと農薬への懸念という視点が強いと思いますが、僕の場合、「どんな人でも農園に来ることができて、安全に過ごせる農業って何だろう」と考えた結果、ここに辿り着きました。レジェンドは野菜だけじゃなくて、人もつながり、地域もつながっていくことが、本当の有機農業なのだと教えてくれたので、僕はそれを目指しています。
土の哲学と人との付き合い方
にこにこ農園で大事にしていることやポリシーは?
土を大事にすることです。土を大事にすることは、結果として自分たちに巡り巡って戻ってくるんじゃないかと思っています。
土を耕さないで、土の力をどう引き出していくか。夏の高温や大雨、日照りなど、いろいろな環境に強い農業はどんな感じなのだろう、と思いながらやっています。
「土を大事にする」とは具体的にどういうことでしょう?
土を大事にして、野菜のポテンシャルを引き出す。雑草が直射日光や大雨から土地を守ってくれたりもするんですよ。大雨が降ったあと、野菜も土の水分を吸いますが、周りに生えている草も吸ってくれることで、リカバリーが速くなる。土の状態が良くなれば、野菜も生育します。
そういう環境だと、土の中の生き物も住みやすくなるから、生き物が土を耕して活性化してくれる。自分だけで野菜つくってるというイメージではないですね。ここにある木も、大きな根っこで水を循環させて、呼吸をして、土に影響している。水や空気などがそこにある命とともに、滞らずに流れているという感じですかね。
「障がい」と「パズル」の捉え方
にこにこ農園で働いているスタッフの中には、障がいのある方もいるそうですが、障がい者雇用になるのでしょうか?
そうですね。最初はそうでした。ただ、働き始めてもう長いので、今は障がい者雇用特有の国からの補助もないので、一般雇用のようになっています。
井上さんにとって、「障がい」とは何でしょうか
植物もいろいろな姿があるように、人も先天的にだったり、後天的にだったり、いろいろな姿でいろいろな環境のなかで生きています。
特別支援学校での勤務から今に至るまで、障がいのある人と長く付き合っていますが、あまり「障がいだから」とは思ってないですね。正直、すごく理解しようともあまり思ってないかも。 その人がどうしたいかという点で、その人、一人ひとりを見ていますね。
シンプルに、人として向き合っているということですね。
はい。なので、自分が相手を受け止められない瞬間も、やはりあるんですよ。
そのとき、「自分、格好悪いな、ダサいな」と思ったりします。でも、そう思っている気持ちも相手にそのまま伝えますね。仕事においては、立場的に言わなきゃいけないことは言わなきゃいけない。あまり丁寧すぎても失礼だし、同じ今を生きる人として、どう力を合わせて生きていくか、率直に相手と向き合うようにしています。
丁寧すぎても失礼だしって、本当ですね。
今、この環境のなかで、どうやったら、みんながハッピーでいられるのかな?と考えるようにしています。
僕はそれをパズルのピースだと思っていて、ピタッとハマればそれでいいけど、「なんか形がちょっと合わないんだけど、今のところ誰も合う人がいないから、ちょっと僕が形を変えてハマってみるよ」みたいなときもあります。でも、ずっと無理なピースを続けているとそれは苦しいから、一緒にこれからのことを考えようというスタンスです。
形を変えることでスムーズに流れることもあるし、お互いに負担のない姿で関われることが大事ですよね。
自分の形をちゃんと発揮するのが大前提ですね。誤魔化していたら、違和感が出てくる。
形を合わせるのが得意なタイプもいれば、そうでない人もいる。また、周りが形を変えている間に、その人がちょっと他の形になってくれるかもしれない。一時的に、形を変えるのが得意な人がその場を補うことで、ピタッとハマる相手がやってくるかもしれない。
そういうパズルのピースのようなやり取りが社会の中にはあって、それぞれがそれぞれの得意な動き方をしながら、自分の形に気づいたり、発揮できたりすることが重要だと思っています。
農業が人に与える力
農業が人に与えてくれる魅力とは?
食べ物としてだけでなく、育つ姿から得るものも大きいですね。弱々しく育っていても、その植物はその植物なりに育とうとしてるんですよね。諦めてないというか。小さく育つと種も少なくなるけれど、それでも、1個でも種を残そうとする。植物にはそういう力強さがあります。
痩せた土で育った植物は、どんなところでも育つ「根性」が種に受け継がれます。植物たちも、みんな、そのときそのときのベストを尽くしているのを感じますね。台風で倒れても、3日ぐらいしたら起き上がろうとしてますからね。
最後に、これからの「にこにこ農園」をどんなふうにしていきたいですか?
今は「役者は揃ったな」という感じです。農園を「ケアファーム」みたいな場所にしたいと考えています。作業を通じて癒される、心が落ち着く。そして、美味しい野菜を食べて元気になる。
先ほどのパズルのように、みんなが安心して得意なことを発揮し、「ま、いっか」と補い合いながら、次の世代にいい社会を渡していけたらと思っています。

インタビューを終えて
井上さんが語る土を大事にするという言葉の奥に、大きな命の循環、水や空気の巡りを感じました。にこにこ農園に身を置くと、日々の生活で忘れかけていた「人間もまた、地球という大きな自然の中の命であり、循環の一部である」という静かな事実を思い出します。
補い合い、支え合い、互いに何かを交換し合う。これは、土を介してあらゆる命が連なり、自然全体が滞りなく流れるのと同じで、命の循環が持つシンプルな摂理です。
いつの間にか人間は、この摂理から離れてしまったのではないでしょうか。「障がいがあるから」「できないことがあるから」という視点が強くなることで、支援する側・される側といった優劣に似た関係が生まれてしまい、そこにある補い合いや支え合い、「互いの交換」が見えにくくなってしまっているように思います。
お互いがお互いらしい姿で生きていること。それだけで本来は互いに交換し合う循環が生まれていく。追われる日々から一度立ち止まり、自然の大きな循環の一部である自分に立ち還ることが必要なのではないかと、井上さんのお話を聞きながら思いました。
【お知らせ】にこにこ農園 収穫祭 2025 開催!
井上さんの哲学と、生命の循環が詰まった「ma,icca にこにこ農園」では、今年も恒例の収穫祭が開催されます。

日時: 12月14日(日)11:00 – 15:00
(天候のため、開始時間が1時間遅くなりました)
場所: にこにこ農園(藤沢市獺郷 1234-1 YamaCos脇)
入園料: 大人 2,500円 / 学生 500円(おとなは14:00以降入園 1,000円)
楽しい企画が盛りだくさんです。餅つき、シルクスクリーン体験、焼き芋、野菜たっぷりのにこにこ汁など、農園の温かい雰囲気を体験できる貴重な機会です。
※詳細・最新情報: Facebook または Instagram(@nikonikofarm_fujisawa)をご確認ください。






