書を通じて、人と心をつなぐ(書道家 明葉さん)

人と人をつなぎ、心を整える。その手段として“書”を選び、静かに向き合ってきたのが書道家・明葉(めいよう)さん。これまで鵠沼海岸や横浜で教室を開きながら、子どもも大人も一緒に「書くこと」を楽しむ場を育ててきました。そして2025年10月、辻堂新町に新たな教室を開校。このまちで、また新しい出会いが始まっています。
子どもたちを教えるなかで感じたのは、うまく書くことよりも、その子の気持ちに寄り添い「書くことを楽しむ」ことの大切さ。次女が難聴をもって生まれたことで、障がいへの思いも変化し、社会のあり方にも思いを寄せるようになりました。書を通じて人と心をつなぐ明葉さんに、その想いを伺いました。
まずは、書道を始めたきっかけを教えてください。
小学校1年生のときから書道教室に通っていて、中学・高校も書道部でした。でも、もうやり尽くしたかなと思い、大学ではまったく別のヨット部に入っていました。
社会人になって会社員として働いているうちに、「会社勤めも悪くはないけれど、自分じゃなくてもできる仕事って多いな」と思うようになりました。それで、自分にできること、自分らしく発信できることを考えたときに、「あ、書道があった」と思い出しました。そこからまた教室に通い始めて、師範が取れたタイミングで「やってみよう」とスタートしました。
書道を続けてきた中で、「自分らしさ」を感じる瞬間ってどんなときですか?
書が上手な人はたくさんいるので、私が特別、書に長けているわけではありません。そのなかで、うちの教室に来てくれる生徒さんたちを見ていると、書道って人と人とのつながりが大きいなと思うのです。
人との相性や関わり合いの深さ——それをつなぐアイテムが、私にとっての“書道”なんですよね。だから、私にとっての自分らしさは「人を大切にすること」なのだと思います。
教えるときに大切にしていることはありますか?
一人ひとりとコミュニケーションを取りながら、その人に合った教え方を見つけることです。
以前、鵠沼海岸で教室をしていたときの小学生の生徒さんのママたちが、子どもが成人した今、通いにきてくれています。「先生が心に残っていた」と言ってもらえて、本当にうれしかったです。人とのつながりを大切にしてきて良かったなと思いました。
それこそが、明葉さんらしさなのかもしれないですね。
自分らしさかはわからないのですが、そういう人とのつながりが私にとって大切なものなのですよね。
私の教室には10年以上通ってくださっている方もいます。「なぜ私のところに?」と思うこともありますが、きっと相性が良いのか、教室の雰囲気が居心地いいのかもしれません。好んで来てくださる方がいるということは、それだけでやっていく価値があるなと感じています。これからも、その気持ちは大切にしていきたいです。
子どもたちを教えるときや、ご自身の子育てで気づいたことはありますか?
「その子の気持ちを大切にする」ということです。落ち込んでいるから褒めるときとか、テンションが上がってふざけているときは怒るときとか、そのタイミングに合わせてこちらの対応を変えないと、子どもは伸びていかないのだということを、子育てを通して改めて感じました。
自分の子どもと生徒さんたちは違うのですが、「子どもの気持ちを感じ取ること」が大事だなと思うようになりました。
“表現”ということについては、どんなことを感じていますか?
書道は表現なので、これまでは「勢い」とか「思いきり」とか、その場の気持ちやテンションが大切だと思っていたのですが、それだと一発屋になってしまうんですよね。勢いがあるときしかできないし、「百回書いたら、一回できた」みたいになってしまいます。
でも、子育てをしていると、そんな時間が取れない。一回で仕上げたい場面が増えて、「一発で決める力」が必要になってきました。“今ここで”と言われたときに、すぐに出せる表現力。その力がとても大切だと思っています。私自身も、まだそこに至っていないので、今それを学びながら、その力をつけられるように教えています。
教室では、障がいのある子も受け入れていますか?
もちろんです。私は一人ひとりを見て、その子に合った教え方をしたいと思っているので、その子にやる気があれば、何かハンディがあってもそこは補えるものだと思っています。
スピードとかは違っても、一番大切なのは“楽しむこと”。できる・できないよりも、楽しんで一緒にやることを大事にしています。
明葉さんにとって、「障がい」とは何でしょうか?
次女が中等度の難聴なんです。それまで身近に障がいのある方がいなかったので、意識が薄かったのですが、次女が生まれてから関わる人たちも変わったし、私自身の見方も変わりました。
「障がい」という言葉って、ちょっと強すぎる感じがします。その子の個性とか、苦手な部分があるだけなんですよね。ただ、努力すればできるというものではないから、そこが“能力”と“生まれ持った力”の違いだと思います。
それを自分が受け入れて、その障がいと一緒に生きていくというスタンスでいると、周りの人も手助けはするけれど、特別扱いはしなくなる。それが“当たり前”になっていくんだということを、次女を通して感じています。そういう社会になっていったらいいなと思うし、今はまだそこまでいっていないなとも感じます。障がいはその子の個性の一つ。だからこそ、みんなで補い合える環境をつくることが大切だなと、次女が生まれてから改めて思うようになりました。
書道を通じて、どんな力を感じていますか?
書道は、心を整えるだけでなくて、パワーをもらえるんです。自分に自信を持てるようになったり、自分のできることが一つ増えたり。
書道には仮名文字や漢字、筆だけでなくペンもあります。いろいろなところで、だれもが取り組めるのが書道の良さ。ひとつ身につけておくと、困ったときの支えや自信になります。“ひとつの宝物”として、自分を支えてくれるものになるんですよね。
生徒さんたちには、「細く長く」続けてほしいです。楽しめる気持ちを大事にして、5枚書けなくても、1枚書いて帰ればいいと思っています。楽しく続けて、大人になって「そういえばやっていたな」と思い出せるような書道にしていきたいと思っています。
これから挑戦していきたいことは?
書道教室を始めて11年になります。子育てもあって“細く”続けてきた感覚があるので、ここからは、これまで大切にしてきたことをもう少し広げ、多くのことにチャレンジしていきたいと思っています。
教室も、生徒さんとの出会いを増やして、もう少し大きく育てていきたいですし、指導も今まで以上に手厚くしていきたいです。これまで取り組んできた書初めや展覧会への出品も、もっと機会を増やしていきたいですし、しばらくお休みしていた海書道(うみしょどう)も、少しずつ復活させていけたらと思っています。地域でのワークショップも、また広げていきたいことのひとつです。
また、子育てを経て「ママたちの憩いの場をつくりたい」と思い、子連れOKのママ書道教室もスタートしました。一緒に来てくれるベビーや子どもたちも、自然と“書”に触れられるような場になっています。教室では、みなさんに「書道ってこんなに楽しいんだ!」という気持ちを伝えたい。これからも、みんなで楽しく書道を続けていけたらと思っています。
最後に、雅号「明葉(めいよう)」の由来を教えてください。
師範を取るときに付けた名前です。
「明るい」という響きが好きで、それに「葉っぱ」を合わせました。
葉っぱは春夏秋冬、季節の移り変わりとともに姿を変えていきます。私も年齢や経験とともに変わっていけるように“今にとどまらない”という意味を込めています。
インタビューを終えて
私がイメージする「書道」は、学校で習った書道。それは、お手本通りに書くことが中心で、「書くことを楽しむ」という感覚からは少し離れたものでした。けれど、今回のお話を聞きながら、明葉さんの教室には、「書く」ことそのものをのびやかに楽しむ空気が流れていることを感じました。
筆でもペンでも、漢字でもひらがなでも、人は日々の中で必ず「書く」場面に出会います。その一瞬が、少しでも楽しく、ちょっと自信をもって迎えられたら——書道の積み重ねは、その人の毎日を優しく支える力になるのだと思います。
お子さんの難聴の経験を通して、人の“違い”をそのまま受けとめられる場所づくりの大切さにも気づいたという明葉さん。障がいの有無にかかわらず、自分のペースで安心して書ける場がここにあります。今まで「書くこと」を楽しめなかった人も、書道を習いたくても一歩踏み出せなかった人も、ここならきっと、笑顔で“書”と向き合えるのだと思います。













