すべての子どもが、同じ教室で学ぶために(神奈川県教育委員会 インクルーシブ教育推進課)

すべての子どもが、同じ教室で学ぶ——。その当たり前のようで、まだ実現しきれていない願いを、どう形にしていくのか。神奈川県では「支援教育」という理念のもと、すべての子どもがともに学び、ともに育つことを目指す“インクルーシブ教育”を進めています。
同じ教室で学べていなかった子どもたちと、学びを分かち合うこと。そして、支援が必要な子には、その子に合った学び方や支援を選べること。すべての子どもの「学びの場」を広げていく——。今回は、県教育委員会インクルーシブ教育推進課の皆さんに、理念、そしてこれからの展望についてお話を伺いました。
神奈川がめざす「ともに学ぶ」教育とは
神奈川県が考える「インクルーシブ教育」の理念について教えてください。
神奈川県では「支援教育」という理念のもと、共生社会の実現に向けて、すべての子どもが同じ場でともに学び、ともに育つことを目指しています。
この「支援教育」とは、すべての子どもたちを対象に、一人ひとりの教育的ニーズに適切に対応していくことを、学校教育の根幹に据えるという、神奈川の理念です。
その理念をもとに、どのような方向性で教育を進めているのでしょうか。
すべての子どもの学びを保障する教育環境の実現のために、今の環境を見直す視点が大切です。一人ひとりが大切にされ、みんなが学びやすく、一緒に学んでいける学校を目指し、学校だけでなく、子どもや保護者、地域の声を聞きながら、対話を重ねて進めています。
神奈川県では、すべての子どもが地域の学校にあたりまえに在籍し、ともに学び、ともに育つ“全員参加型の学校づくり”を目指しています。特定の学校だけでなく、すべての学校でそれが実現されることが必要です。
学校現場から広がるインクルーシブ教育
具体的には、どのような取り組みが進められていますか?
義務教育段階では、「インクルーシブ教育校内支援体制整備事業」を行っています。教育相談コーディネーターの教員を中心に、全職員で全児童生徒を見ていくといった校内支援体制を整え、インクルーシブな学校づくりを進める取り組みです。政令市を除く全県の30市町村ごとに小学校を1校指定し、それぞれの地域に合わせた実践を進めています。
現場では“30校30通り”のインクルーシブな学校づくりが進められており、地域や学校の実情に応じて、支援の形が工夫されています。この指定校の取り組みの成果を、市町村全体に広げていくことを期待しています。
▶ 詳細は 小学校・中学校におけるインクルーシブ教育推進の取組(外部サイトへリンク)
高校でも同じような流れがあるのでしょうか?
はい。後期中等教育段階では「インクルーシブ教育実践推進校」を設け、生徒同士の相互理解を深めることを目標にしています。すべての生徒がともに学ぶ経験を通して、互いを認め合い、多様性を尊重する態度や互いのよさを活かして協働する力を育みながら成長することを目指しています。
また、一般募集と合わせて、知的障がいのある生徒を対象とした特別募集による入学者選抜を実施しています。
▶ 詳細は インクルーシブ教育実践推進校(外部サイトへリンク)
学びを支える“人”を変えていく
現場の先生方に求められる意識のポイントはどのようなものでしょうか?
先生方には、「多様性を前提とすること」をお伝えしています。日々の学校づくりや授業づくりでは、子ども本人ではなく、その子を取り巻く環境に目を向けること。学校全体で子どもを見ていくことが大切であると考えています。
また、“支援を人につける”のではなく、“場面につける”という視点も大切にしています。「支援の必要な子」として固定的に見るのではなく、教科や環境、人間関係など、その時々の状況に応じて支援を整える。必要な場面では誰もが支援を受けられる——そうなっていくことで、誰にとっても学びやすい環境が実現されていくのではないかと考えています。
制度だけでなく、意識を変えていく取り組みもされているんですね。
教職員研修や県民向けの学習会に、私たちがお伺いして、インクルーシブ教育の理解を深めるとともに、一緒に考えていただく取り組みとして「説明者派遣事業」を実施しています。制度を整えるだけでなく、県民や教職員一人ひとりと対話し、自分ごとと捉えていくことが大切で、それが教育を変える第一歩だと考えています。
インクルーシブ教育は、すべての子どもがともに学ぶ“権利”をもつという考え方に基づいています。どの子も尊重され、安心して自分らしく学べる環境をつくることが、教育の原点だと考えています。
対話から生まれる、これからの学校づくり
「対話」を重ねることも大切にされているそうですね。
インクルーシブ教育を進めるうえで、学校の中だけでなく、地域や保護者など、さまざまな立場の人と対話を重ねることが欠かせません。県教育委員会としても、その“対話の場”を大切にしています。
毎年開催される「インクルーシブ教育推進フォーラム」も対話の場になっているのですね。
はい。今年度もフォーラムは年に2回開催し、登壇者だけでなく参加者にも自由に意見をいただく、会場参加型のディスカッション形式で実施しています。
行政や学校だけでなく、県民の皆さんと一緒に考え、対話を通して進めていくことを目的としています。
次回は、今月末(11月末)に開催されると伺いました。どんな内容ですか?
11月29日(土)に神奈川県立総合教育センターで「令和7年度 第2回インクルーシブ教育推進フォーラム」を実施します。年間テーマは「みんなでつくる 誰にとっても学びやすい学校」です。
今回は「多様な学びが生まれる学校ってどんな学校だろう?」をテーマに、
学校DE&Iコンサルタントの武田緑さん、川田製作所代表の川田俊介さん、現役の高校生を迎えて意見交換を行います。
学校をより多様な学びの場としていくために、地域や企業、教育関係者など、さまざまな立場の方々と一緒に考える時間にしたいと考えています。
▶ 詳細・申込は 令和7年度インクルーシブ教育推進フォーラム(外部サイトへリンク)
フォーラム以外にも、オンライン上での「対話の場」も広がっているそうですね。
はい。10月28日から11月28日まで、オンライン上の仮想空間「メタバース」を活用した“対話イベント”を実施しています。その期間中に設けている全10回のイベントでは、それぞれトークテーマがあり、気軽に意見を交わせる場になっています。
▶ 詳細は メタバースを活用した「対話の場」(外部サイトへリンク)
メタバースでの“対話”は、どんな方が参加されているのでしょうか?
教職員や保護者の方、福祉・教育関係者、学生、子ども、そして、これまで行政の取り組みに関わったことのない県民の方など、幅広い層の方々が参加しています。
今年も音声とテキストの両方に対応しています。話すことに不安がある方も文字で発言できるため、誰もが安心して参加できる“対話の場”となっています。
インクルーシブな社会の実現に向けて、多様な人がそれぞれのスタイルで関われる形で“対話の輪”を広げていくことが、第一歩だと考えています。
地域とともに、未来へ
インクルーシブ教育を整えていくためには、学校内はもちろん、学校の外とのつながりも大切なのですね。
その通りです。学校の中だけで完結するのではなく、地域や保護者、そして子どもたち自身と一緒に考えていくことが大切だと考えています。学校という空間を、地域のすべての人が関われる“開かれた場”にしていくことが必要です。
県では、海老名市を「フルインクルーシブ教育推進市町村」として指定し、市と県が連携しながら、すべての子どもが小中学校でともに学べる環境づくりを進めています。
地域との関係づくりでは、どんな課題や工夫がありますか?
対話の場でも、「学校を手伝いたいけれど、敷居が高くて入りづらい」という声をいただくことがあります。そのため、コミュニティ・スクールなどの仕組みを活かしながら、地域の人たちが学校の中に入って、子どもたちを支えられるような体制づくりが重要であると考えています。
一人の先生、一つの学校でできることには限界があります。地域のみんなで子どもたちを支え合い、「子どもを育てる」ことを社会全体の責任として考えていくことが大切だと思っています。
最後に、インクルーシブ教育の持つ価値や、今後の展望について教えてください。
インクルーシブ教育は、人は誰しも違いがあり、多様性の一部として生きていることを前提とし、その違いを認め合いながらともに学ぶことは、社会全体が変わっていく原動力になると考えています。
誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会をつくるために、学校もまた、すべての子どもがその子らしく学べる場所でありたい。教育から社会を変えていく——そんな思いで、県として取り組みを進めていきます。
インクルーシブ教育は、すぐに“今日からインクルーシブです”となるものではありません。一人ひとりの理解と対話を積み重ねながら、丁寧に時間をかけて進めていくことが大切だと考えています。その歩みを通してこそ、“誰もがともに生きる社会”が本当に育っていくのだと思います。
インタビューを終えて
今回の取材を通して、大学卒業後の職場として教育現場を選び、「教育から社会は変わっていくはずだ」と信じて養護教諭になった頃の自分を思い出しました。県の方が語った「教育から社会を変えていく」という言葉に、あの頃抱いていた情熱と使命感が静かによみがえりました。
公教育のあり方は、社会の価値観そのものを映す指針になります。子ども時代の大部分を過ごす学校は、子どもたちにとって初めての“社会”。その場所で、「私はみんなと違うのかもしれない」「なぜ自分だけ別の教室なんだろう」そんな思いを抱えながら過ごす日々がもしあるとしたら、その子の学童期や思春期はどのような色で描かれていくのだろうと考えます。
子ども自身が「ともに学び、ともに育っている」と実感できること。大人が決めた「違い」で分けられてしまわないこと。インクルーシブ教育の理念が広がることで、多くの子どもたちが、その子らしい学びを選び取れるようになる——そんな未来を願わずにはいられません。
取材では、インクルーシブ教育を進めるには、学校だけでなく、地域や保護者、多くの人と対話を重ねながら進めていくことが欠かせないと伺いました。とても大切な理念だからこそ、その本質が丁寧に理解され、みんなで大切に育てていくためには“時間をかけること”が必要なのだと強く感じます。
公教育の力を信じている一人として、「教育から社会を変えていく」という言葉に、私も全力で応えていきたい。これからも、この歩みに寄り添い、ともに考え続けたいと思いました。


