「ひとりやないで!」精神疾患のある親と生きる子どもたちへ寄り添う場を(ひとりやないで!代表 樅山枝里さん)

2013年に発足した「ひとりやないで!」は、統合失調症の親と向き合う子向けの広場です。代表の樅山枝里さんは、自身の体験をもとに「同じ立場だからこそ分かり合える安心感のある場」を築いてきました。
精神疾患は誰でも発症する可能性のある身近な病気です。しかし、身近とは程遠く、社会のなかで偏見が残っている疾患でもあります。樅山さんが過ごしてきた家族との日々、そして、就職活動の際に経験した悔しさや葛藤など、重ねてきた思いを「ひとりやないで!」代表の樅山枝里さんに伺いました。
立ち上げのきっかけ

どのような経緯で今の活動に至ったのでしょうか?

「ひとりやないで!」という家族会は、私が大学3年生の頃につくった会です。2013年からボランティアという形態で続けています。仕事としては、精神保健福祉士の資格を活かし、おもに障がい者雇用を行う企業の人事支援をしています。

学生時代に家族会を立ち上げたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

大学時代の就職活動での出来事がきっかけで、立ち上げを決意しました。私の母は、私を出産する前から統合失調症を患っていました。暮らしのなかで、精神疾患への偏見を感じる多くのエピソードがあり、その経験から「メディアを通じて正しい精神疾患の知識を発信したい」という思いを抱き、当時、マスコミ業界を目指していました。
就活のときには母の病気のことを抜きにして志望理由を伝えられなかったので、あえてオープンにして面接に臨みました。すると、ある面接官に「お母さんの病気は、あなたにも遺伝していないの?」と質問をされました。

「精神疾患は遺伝する」という偏見ですよね・・・

精神疾患に対する偏見は今の時代も残っているのだと悲しくもなりましたし、このままでは私と同じように、家族の精神疾患を理由に悔しい思いをする若者は増えていくことになるとも感じました。
面接で、私という“ひとりの人間“を見てもらう前に、母の病気ありきで見られてしまう…「自分という人間で勝負できない世の中はおかしい」という怒りも含めて、家族会である「ひとりやないで!」を立ち上げました。
分かり合える仲間との出会い

立ち上げ当初は、何名くらいの方が参加されたのですか?

最初は1、2人の参加者でした。どうやって情報発信をするかを悩みました。当時は、TwitterやYahoo!知恵袋などで家族の精神疾患の話題を出している人にコメントを返すことで周知をしていきました。横浜で開催したのですが、北海道などの遠くから足を運んでくれる人もいました。

集まって、皆さんはどのような活動をされているのですか?

「ひとりやないで!」では、精神障がい、とくに統合失調症の親をもつ子どもならではの悩みの共有や、社会資源などの情報交換をしています。
人の話を聞くことで自分のなかで気づきが生まれることもあります。また、参加者のなかには、日々をモヤモヤした気持ちで過ごしている人も多いので、話を聞いたり、言葉にしたりすることで気持ちを整理するきっかけをつくっています。参加者の方からは、「つらかった今や過去をプラスに昇華させて帰れる」という声をよく聞きますね。

参加者同士で、共感できる部分は多いのでしょうか?

共感できるところも多いのですが、掘り下げてみると、病気を知ったタイミングや症状の出方など、違いもあります。共感できる心地よさ、掘り下げたときの違い、どちらも大切だなと思っています。

集まることに、日々が変わっていきますよね。

まさにそうです。立ち上げ当初から、ゆくゆくは家族会の招集なしでも、参加者同士が個人的につながり、カフェなどでお茶ができるような仲になってほしいと思っていました。
それもあり、悩みなどを話すだけでなく、関係性づくりを大切にしているのが特徴です。懇親会も年に1、2回実施して、湘南方面では茅ヶ崎の花火大会をみんなで見に行ったりもしました。

どのくらいの頻度で開催しているのでしょうか?

家族会は、横浜市と藤沢市で開催し、あわせると月に1回程度の頻度で実施しています。
「ひとりやないで」ホームページを開いていただくと情報が載っています。また、よりリアルタイムな情報は、Instagramに飛んでいただくのが一番いいですね。

同じ立場の人で集まる「ピア」の良さを教えてください。

「わかってくれる人に話せる」という安心感だと思います。少し状況が異なったとしても、家族会の集まりには、共感をしてもらえるという安心感があります。
自分の経験や思いを受け止めてくれる場所があるという価値はとても大きいので、言葉にならなくても、その心地よさを「ひとりやないで!」で感じてもらえたら嬉しいです。
変化する価値観

樅山さんは、これまでの経験を経て、精神疾患に対する考えは変化してきましたか?

今と昔では、私のなかでの受け止め方が異なります。今は、自分も含めてですが、いつ誰が、精神疾患になるかは分からないと思っています。

「障がい」という枠組みについて、どのように感じていますか?

「障がい」という括りにすることがいいのか、どうなのかなと感じています。誰もが生きづらさを抱えて生きています。「障がい」と括ることで配慮を受けやすくなり、生きやすさにつながる方もいれば、一方で、偏見の目で見られてしまうこともあります。
幼い頃は知識がなく、母の病気を見て「見えないからこそ怖いもの」という印象が強かったのですが、家族との付き合いや現在の仕事を経て、精神障がいに対する考え方は年々変化しています。他の障がいと比べて、精神疾患に向けられる特有の見られ方や捉え方があるなと感じています。
ヤングケアラーとしての悩みと求める支援

ご自身の幼少期を振り返って、とくに苦労したエピソードを教えていただけますか?

カテゴリー的には大きく3つあると思います。一番大変だったのが、母親の感情面のサポートです。母は意欲が低下して寝たきりのときもあれば、元気なときもありました。
幻聴は常に聞こえているようで、良い幻聴が聞こえると街中でいきなり笑い出すこともあれば、悪い幻聴のときは「助けて」と泣きっぱなしでした。幼いながらに、その様子を周りの人はどう感じているのだろうと、人目が気になったこともありました。

幼い頃ですと、「怖い」という感情もありましたか?

私が1歳の頃、母が5階から飛び降りてしまったそうです。そのエピソードを幼い頃から聞いていたので、母がベランダに行く音が聞こえただけで、「また飛び降りてしまうんじゃないか」と常にヒヤヒヤしていました。
また、母は幻聴に怯えていましたので、日中に警察や救急車を呼ぶこともありました。近所の家に助けを求めることもあり、鍵の開いている家に勝手に入り、通報されたこともあります。学校から帰ると、いつも警察や救急車が来ていたという思い出が多いです。
その頃の私は、周りの人に迷惑をかけたくない…、どうにか普通の家のようにごまかして過ごしたい…と考えていました。その後遺症ではないのですが、大人になってから、私自身、人を頼ることが苦手なことに気づきました。

ほかには、どのような苦労がありましたか?

2つ目は、母が家事をできない分、私が小さな母親として家事役割を担っていたことです。
3つ目は将来への不安です。母を理由に学校でいじめられないか、将来結婚したいと思う人ができたときに偏見を持たれないかといった不安がありました。6歳のとき、初めて父から母の病気のことを聞き、そのときに「もし好きな人と結婚が難しくなったらごめんな」と言われたことが、幼いながらにすごく印象に残っています。

当時を振り返って、どんな支援があったら良かったと思いますか?

当時の私は「支援」という存在を知りませんでした。なので、振り返っても、とくに相談をしないのではないかなと思います。しかし、今思うのは、家庭の状況を話せる大人がいたら…と思います。家庭のことを話せる大人との関係性の構築がすごく大事だったと思っています。
支援というと何かしてあげなくてはと思いがちですが、支援を求めている子どももいれば、全く求めていない子どももいます。その状況をしっかりと見極めながら関わっていくことがヤングケアラー支援には大切だと思います。
いつ誰がなるか分からない。だからこそ知っておいてほしいこと

最後に、地域の方々に伝えたいことはありますか?

自分や周りの大切な人が、ある日突然、精神疾患になることもあると知ってほしいです。事前に、そういう可能性があると知っておくだけでも、自分自身を守るセルフケアにつながると思います。
家族が精神疾患になるとはどういうことなんだろう、と想像しておくだけでも、心の準備はできるのかなと感じます。決して他人事ではないという意識で、このAna Letterの記事も読んでいただけると嬉しいです。
「ひとりやないで」家族会スケジュール
※詳細・お申込みは公式HPをご覧ください)
・8月31日(日)14〜16時@横浜[ダブルケアラー向け]
・11月15日(土)14〜16時@藤沢
・11月30日(日)14〜16時@横浜
インタビューを終えて
「障がい」など、相手の環境や状況がわかりにくいと、ふとした場面で「偏見」が生まれてしまうことがあります。とりわけ、精神疾患は差別や偏見がまだまだ根強く、本人だけでなく家族も「外では話しづらいこと」と意識してしまうこともあります。
樅山さんが話してくださった「普通の家のようにごまかして過ごしたい」という言葉を聞きながら、私自身も自分の過去を振り返り、周囲に気づかれないことが家族への愛情のように感じていたなと思い出しました。
定期的に開催される「ひとりやないで!」の家族会は、細かい状況は違えど、ピアという安心感のなかで、感じてきたこと、我慢してきたこと、嫌だったことなど、自分の思いを外に出せる場があります。その一歩のがんばりで、人生の見え方が変わってくるのではと思いました。
また、対象となる家庭だけでなく、多くの人に精神疾患を取り巻く現状を知ってもらうことが、社会から偏見を減らす方法なのではないかと思います。精神疾患を有する人が増加する現代において、親が精神疾患であることは珍しいことではなく、見えにくく相談しづらいだけで多く存在していること、また、社会がそうさせていることを知ってもらいたいと思います。