自分のために時間をつかう、心も身体もゆったり産後ケア銭湯(NPO法人コハグ代表 大貫詩織さん)

湘南台駅から歩いて2分のところにある湘南台温泉「らく」では、毎月2回、NPO法人コハグが「産後ケア銭湯」を実施しています。この取組みは、スーパー銭湯に助産師や看護師が出張して、託児や育児相談をおこなう産後ケアサービスです。
ご家族は赤ちゃんを預けている時間、ゆったりとお風呂に入ったり、レストランで食事をとったり、休憩スペースで仮眠や漫画を読むこともできます。「赤ちゃんを預けて、しっかりと自分のために時間をつかって休んでほしい」、活動のきっかけや取組みについて、NPO法人コハグ代表の大貫詩織さんにお話を伺いました。

コハグの実施している「産後ケア銭湯」について教えてください。

スーパー銭湯といわれる温浴施設に、助産師や看護師といった有資格者が出張をして、託児や育児相談を提供する産後ケア事業です。現在、湘南台にある天然温泉「らく」で実施しています。

活動のきっかけは何だったのでしょうか?

私自身が2022年に出産をして、実際に「産後」を経験したのが大きいです。助産師だったので、知識として「産後の大変さ」は理解していたつもりでしたが、実際に体験してみたときに、「こんなに寝れないんだ」「寝れないって、こんなにつらいんだ」と驚きました。
そこから、「もっと親御さんたちを休ませないといけない」という思いが湧いてきて、産後ケアに選択肢を増やして、もっと気軽につかえるようにしたいと思うようになりました。

そこで、なぜ、産後ケアと「お風呂」を組み合わせたのでしょうか?

どのような産後ケアが必要かなと考えたときに、もともと好きだったスーパー銭湯のことを思い出しました。スーパー銭湯は素晴らしいなと思っていて、お風呂に入ったり、ご飯を食べたり、ゴロゴロしたり…、丸一日ゆっくりと過ごすことができます。
産後すぐであったとしても、スーパー銭湯に行けたら、ゆっくりと休めるし楽しめるしいいなと考え、「産後ケア」と「お風呂」を組み合わせた「産後ケア銭湯」をやりたいと思うようになりました。

コハグが実施する「産後ケア銭湯」と、自治体が実施している産後ケアの違いは何でしょうか?

私たちが実施している産後ケア銭湯は、自治体の産後ケア事業ではなく、民間サービスです。
メリットの一つは、利用のハードルがとても低いことです。自治体によりますが、自治体の産後ケア事業をつかう場合には、いくつか条件が設けられている場合があります。その点、産後ケア銭湯は民間サービスなので、どなたでも使っていただくことができ、オンライン予約もできるので、利用のしやすさにつながっていると考えます。
また、宿泊型の産後ケアの場合、経産婦さんが使いづらいという声もあります。上のお子さんを預かってもらえるわけではないので、上の子と赤ちゃんを連れて宿泊となるとハードルが高いです。産後ケア銭湯は、日帰りの産後ケアであるため、上の子が登園している間に利用できるなどの特徴もあります。

私も数回、産後ケア銭湯を利用しましたが、赤ちゃんを完全に預かってもらえることで、驚くほど、身体の力が抜けて、ゆっくりできた感覚がありました。

これもサービスによりますが、産後ケアに行ってもしっかりと休めなかったという体験をされる方も多くいらっしゃると聞きます。
産後ケア銭湯では、こちらがしっかりと赤ちゃんをお預かりし、気がねなく、ご自分だけの休憩時間を過ごしてもらいたいと考えています。なので、「今日は、ゆっくりと自分のために時間をつかうぞ」といらしていただければと思います。

出産してから娘と離れたことがなかったので、産後ケア銭湯で初めて「娘がいない状態」になり、不思議な気分でした。お母さんではなく、私は今一般の人になれているなぁと思ったのを覚えています。

以前、ご利用された方も感想として「本来の自分を思い出した」と言ってくださった方がいました。
ひとりでゆっくりお風呂に入っているときに「そうだ、こういう時間が好きだった」と感じたり、館内の漫画を読めるエリアで「そうだ、この漫画、読んでたんだった」と思い出したり、「お母さんではなかったときの自分を思い出しました」とおっしゃる方もいましたね。

そういう時間も大切ですよね。コハグはどんなことを大切にしていますか?

産後ケア銭湯でいうと、「お母さん、お父さんが安心してサービスをつかえる」ということを一番大事にしています。
対象月齢が生後1ヶ月〜4ヶ月頃(最大6ヶ月まで)のため、赤ちゃんを今まで人に預けたことがなく、この産後ケア銭湯が初めて離れる機会になる方がとても多いです。すると、赤ちゃんが安全に過ごせているか、ちゃんとミルクを飲めているかなど、頭の片隅でずっと気になってしまうものです。
そういう不安な気持ちや緊張感を持ちながらも、自分をしっかりと休ませなきゃと利用してくださった気持ちにきちんと応えられるよう、親御さんたちにとって安心してもらえる環境をつくっていくことを大事にしています。

たとえば、どのようなことに気をつけているのでしょうか?

授乳リズムや寝かしつけスタイルをきちんと伺った上でお預かりをして、可能な限り、親御さんがご自宅でやっている育児のスタイルを壊さないように心がけています。
定員6名の赤ちゃんに対して、スタッフも6人いるため、人材を充実させているのが特徴です。もちろん、赤ちゃんが泣きやんでくれないタイミングもあるかもしれませんが、泣いている赤ちゃんをあやしている大人はいるよと安心していただければと思っています。

コハグの活動を通して、どんなことを感じてきましたか?

需要はすごくあることを痛感しています。定員6名で開催する月2回の産後ケア銭湯は、大変ありがたいことに、予約の受け付けを開始するとすぐに定員に達してしまいます。また、キャンセル待ちも10人、20人…と多いときもあります。
「しっかりと休みたい」と思っている親御さんが多いこと、また、それに応えられるだけの受け皿がとても不足している現状です。私たちも、受け皿を増やすための活動をもっともっとしていきたいなと思っています。
その反面、産後ケアという事業を成り立たせていくことへの難しさも実感しています。産後ケア銭湯に限らず、産後ケア事業は収益性が非常に低く、赤字で経営している事業者が多くいる状況です。私たちだけでどうにかできる問題ではありませんが、社会課題は明確であるにも関わらず、事業を継続させることがとても難しい局面を迎えているため、国や自治体レベルでのサポートが不可欠なのかなとも感じています。

産後、家で身体を休めるというのも、なかなか難しいですよね。

よく「赤ちゃんが寝ている間にちょっと休んでね」と言われますが、実際、赤ちゃんが横にいる状態での休憩は、心底休まるかというと決してそうではなく、少しでも赤ちゃんの声がしたら様子を見て、少しでも泣いたら授乳かなと気にして…と常に神経を張り巡らせている状態でとっている休息です。
しっかりと身体を休めるには、安心した気持ちで赤ちゃんから少し離れて、自分のために思いっきり休める時間や空間が必要です。

産後ケア銭湯を利用される方々は、そのようなご感想も多いですか?

そうですね。また、それ以外にも、ご夫婦でご利用される方が多く、「夫婦で向かい合って、ゆっくりとご飯を食べたのが久しぶりでした」と言っていただくこともありました。
普段赤ちゃん見ながらだと、片方があやしてる間に、片方が急いで食べて、「はい、交代!」という感じに食事をしていることが多いと思うので、温かいご飯をふたりでゆっくり食べられたのが嬉しかったとか、久しぶりにパートナーとゆっくり話しましたとか、そういう言葉をいただけるのもすごく嬉しいなと思っています。

産後をケアするって、大事なことですよね。

最近は、里帰り出産をしても自分の親世代もまだ働いていることも多く、子育ての責任や負荷が、お母さんとお父さんに大きく乗ってしまっている状態が当たり前になっています。
実際に、自分も体験してみて、大人がふたりいてもギリギリだなと思いました。そのふたりが倒れてしまったらおしまいという緊張感は心身ともにストレスですし、大きな負荷がかかるものだなと感じます。
私たちのような事業者もそうですが、社会全体がいろいろなところでもう少し子育てに関与して、みんなで子育てができるような環境をつくっていけたら、親御さんたちの負担も少し軽くなっていくように思います。産後ケアを利用するや誰かの手を借りて子育てをすることがもっと当たり前になったらいいなと思っています。

ちなみに、産後ケア銭湯は、障がいのある子も利用することはできるのでしょうか?

今までお問い合わせをいただいたことはないのですが、事前にお問い合わせをいただいて、どういうサポートが必要なのかお聞きしたいと思います。
助産師や看護師がおりますので、私たちが対応させていただけるケアの内容かを伺いながら、可能であれば、お引き受けはもちろんできると思っています。

最後に今後の目標を聞かせてください。

先ほどもお話しましたが、この事業をどう継続させていくかが一番の課題になっています。
利用される親御さんから高い金額をいただきたくないため、利用料金を上げるのではなく、この事業を支援してくださるマンスリーサポーターを増やしたいと思っています。
自分が子育ての当事者でなくても、この社会で子育てを頑張っている親御さんたちを応援したいという思いを持ってくださる方々にご寄付をいただいて、産後ケアを利用される方々のご負担は限りなく抑えて事業を継続していきたいと思っています。
NPO法人コハグでは、マンスリーサポーター200人を目指して、現在(2025年5月17日(土)〜7月5日(土))、マンスリー寄付キャンペーンを実施中です。キャンペーンについてはこちらをご確認ください。
インタビューを終えて
私は娘が2ヶ月のとき、初めて「産後ケア銭湯」を利用しました。利用するまでは、「娘を預けてひとりだけ休む」ということに妙な罪悪感があり、「そこまで疲れてないし」「このくらい大変なの普通だし」「でも、いつか取材したいし」と考えたのを覚えています。今思えば、その妙な罪悪感や「仕事ならOK」という理由づけこそ、私の考え方の癖であり、自分で自分を縛っていたのだなぁと気づきます。
娘と離れてひとりだけになると、館内にいる何でもない女性客のひとりになり、軽くなった身体に驚きました。いつぶりに背筋を伸ばしたんだろう、いつ振りに「気にかける」というケアなく時間を過ごしているのだろう、いつ振りに…と、たくさんの「いつ振りに」と出会いました。
出産をしてからずっと全身に力を入れ続けた日々だったのでしょう。役割を完全に下ろして過ごす時間は、心も身体も楽になるだけでなく、「預けて、休んでいいんだ」という涙に変わりました。育児を学べる産後ケアも大切ですが「自分のために休んでいい」を実感できる産後ケアもとても大事だと思います。産後は多かれ少なかれ、精神的にバランスの悪い時期です。自分の考え方の癖が強く出て、「べき」「ねば」も多くなります。産後ケア銭湯は自分の価値観を柔らかくし、そこからの育児を楽にさせてくれる効果もあるのだと感じました。
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