インタビュー

地域のなかで、お母さんのすぐそばにいる「助産師」以上「家族」未満の存在(ひとしずく助産院 村上梓さん)

藤沢市の産後ケア事業は宿泊型・通所型・訪問型の3種類があり、自宅に助産師さんが来て、相談やケアを実施してくれるのが訪問型です。桶谷式母乳育児相談室「ひとしずく助産院」は、2024年3月に開業し、湘南エリアを中心にお母さんと赤ちゃんのペースを大切に、オーダーメイドの育児をサポートしています

ひとしずく助産院では、訪問型を基本とし、桶谷式乳房ケアや産後ケア、オンライン相談などを受けることができます。ご自身の育児の経験から「助産師以上家族未満の存在でありたい」と語る、ひとしずく助産院の村上梓さんにお話を伺いました

村上さんが助産師を目指したきっかけは何ですか?

村上梓さん
村上梓さん

きっかけは、ふたりの子どもの出産でした。当時は大学病院の救急センターに看護師として勤めていました。救急の仕事はとても楽しくてやりがいもあったのですが、少しずつ、患者さんを疾患や検査データなど、医療機器越しに見ているような感覚がしてきました。

そういった違和感を感じ始めた頃に、ちょうど自分の妊娠、出産に至り、初めて「助産師」という職業が身近になりました。自分自身も看護師として、患者さんと関わってきましたが、助産師さんは同じ医療職なのに、関わりのなかにある優しさや温かさが全然違うなと感じたのを覚えています。

助産師さんとの出会いが大きかったのですね!

村上梓さん
村上梓さん

娘と息子は異なる場所でお産をしたのですが、お産の満足度が違いました。その違いは何からきているのだろうと考えると、施設の充実さ以上に、助産師さんとの関わりの違いだと気づいたのです。

お産は人生で数回しかないものなので、より満足のいくものになるべきだと思いました。それがきっかけで助産師になりたいと、さらに思うようになりました。

なぜ、ひとしずく助産院を開業しようと思ったのでしょうか?

村上梓さん
村上梓さん

私は大きなトラブルはないものの、母乳育児がしっくりこなくて悩んだので、それに詳しい助産師になろうと思いました。

また、育児を経験するなかで、私は「理由がわかると納得できるタイプ」だと気づいたのです。もし、私のようなタイプのお母さんが多いのだとしたら、身近で説得力があり、話しやすい助産師がお母さんたちのそばにいたらいいのだろうなと考えました。

なので、勤める場所も病院ではなく、お母さんたちの近くにいたいと考えたため、開業することは資格を得る前から目標でした。

ひとしずく助産院について教えてください。

村上梓さん
村上梓さん

ひとしずく助産院は、お産を取り扱わない助産院です。対象は湘南エリアで、おもに母乳や赤ちゃんのことで相談のあるお母さんのお宅に行って、お手伝いをする形態をとってます。

2024年の3月に開業し、稼動は5月からでした。5月に初めての訪問依頼が入ってから徐々に増え、現在は週5〜6日稼働しています。これが多いのか少ないのかはわかりませんが、思っていたよりも、訪問という形態が産後の動きづらいお母さんたちのニーズには合っていたのかもしれないと感じています。

どのような方が利用していますか?

村上梓さん
村上梓さん

「桶谷式」で検索されて、Instagramやホームページ経由で選んでくれている方もいますが、藤沢市の産後ケアの委託を受けているため、藤沢市在住の方のご利用が多いです。

市町村の産後ケアとして受けられない場合、金額がネックになるのかも知れません。いろいろな人が使えるようになるには、行政に仕組みをつくってもらう必要もあるため、地域にいる助産師として現場の意見をどんどん届けていきたいと思っています。

産後ケアが必要な人はどのような人なのでしょうか?

村上梓さん
村上梓さん

産後ケアは誰にとっても必要なものです。私がお産した頃はまだ産後ケアの知名度が低かったように思います。サポートが少なく疲弊しているケースや産後うつになりかけている人が使うようなイメージがありました。自分も疲れているし頼りたい気持ちもあったけれど、利用することのハードルがどこか高かったです。

しかし、今は積極的に使う人が増えており、世間的にも産後ケアという言葉が馴染みつつあり、ハードルが下がってきているのを感じます。これはとても良いことなので、どんどんいろいろな人に使ってほしいなと思っています。

村上さんはご自身の出産のとき、産後はどのような生活でしたか?

村上梓さん
村上梓さん

私の産後は、最初の1ヶ月、実母に手伝いに来てもらいました。そのとき、産後のホルモンの影響なのか、せっかく作ってくれた料理に身内だからこそ文句を言ってしまったり、家事の仕方が気になったり、これまで一緒に暮らしてきた家族なのに、感謝もしているけれど、イライラしてしまうこともありました。

また、近くに義母が住んでいて、今思えば、いい距離感でいろいろサポートしてくれたと思うのですが、やはり義理の両親なので言いたいことが言えなかったり、「何でも話せる」「いつでも頼れる」とはちょっと違っていました。

また、夫が仕事へ行き、ポツンと赤ちゃんとふたりになると、何だかすごく寂しい気持ちになることもあったのです。家事など何かをやっていても、赤ちゃんに中断され、そうこうしているうちに一日が過ぎていく。何もしてなかったわけではないけれど、誰に特別感謝されることでもないし、何も生み出してない自分が情けないような気持ちになることもありました。

助産師として訪問していると、同じようなお母さんたちはいますか?

村上梓さん
村上梓さん

訪問していて思うのは、サポートがないわけではないけれど、微妙な感じの人が割と多いように感じます。

「実家が近いので、何かあれば頼ります」と言っていても、しっくりとくるサポートが得られている人は意外と少ない印象です。訪問しながら、助産師は第三者で他人だからこそ「実は…」と話せることもあるのかなと感じています。第三者だから踏み込めるところも限られているのですが、それでも話せる相手になれるのは大切かなと感じています。

お産の入院は長くても1週間ほどで退院してしまうので、退院してからの方がずっと長いです。そこに産後ケアとして寄り添えるのは、とてもやりがいのあることです。地域にいる助産師なので、いい意味で長く寄り添い、助産師以上家族未満みたいな関係性になれたらいいなと思っています。

産後ケアは、誰にとっても大事なものですね。

村上梓さん
村上梓さん

出産をすると待ったなしで育児が始まるので、ほとんどの人が産後のホルモンの影響や不規則な睡眠で、心も身体もすごく疲れていきます。

赤ちゃんは可愛いのですが、思い通りにならない赤ちゃんのお世話で細かいストレスがどんどん蓄積していきます。

頑張りたいけど頑張れない状態になる前に、他を頼るというのはすごく大事です。産後ケアをはじめ、お母さんたちを大事にしようという流れがあるので、世の中が少しずつ変わっていってほしいと思っています。

産後ケアをやっていると、どのような相談があるのですか?

村上梓さん
村上梓さん

おもに母乳の相談や赤ちゃんの成長に関する相談が多いです。また、桶谷式で選んでくれている人もいるかなという印象です(参考:桶谷式とは?「ひとしずく助産院」公式サイト))。

「ちゃんと母乳も出て、赤ちゃんも大きくなってるんだけど、自信がなくて…」と自宅での育児に自信が持てないお母さんや、小児科の先生が求める体重の増え方、SNSの情報などに不安を抱くお母さんもいます。訪問型の産後ケアでは、その方の生活に合わせた細やかなフォローができます。

体重の経過や赤ちゃんの個性を知り、体重という数字だけでなく、実際の母乳の分泌を見ながら、授乳回数や必要なミルク量などのアドバイスをすることができます。

訪問ならでは良さがありますね。

村上梓さん
村上梓さん

出かけることでリフレッシュできる方もいると思うのですが、訪問型の場合は、自宅で、約束の時間まで普段の生活をしながら待つことができます。実際にやってみて思ったのは、結構パジャマのような姿で待っていてくれるお母さんが多くて、それは、私としてはすごく嬉しいことでした。

「助産師さんが来るから部屋片付けなきゃ」「着替えてお化粧品しなきゃ」と気を張らずに、生活のなかに入れるのがいいなと思っています。

乳房ケアも誰にとっても大切なものなのでしょうか?

村上梓さん
村上梓さん

少しでも気になる方はケアを受けることをおすすめします。乳腺炎などのトラブルシューティングだけでなく、乳房をケアして良い状態にしておくことで、心と身体が健康になります。それが赤ちゃんの健やかな成長にもつながるので、とても大切です。

また、人の手で触ってもらうと安心するし、ホッとできるのではないかと思います。これは一般的なマッサージでもそうですが、触れられる安心感や心地よさが乳房ケアにもあるので、ぜひ体験してもらいたいなと思います。

利用したお母さんたちからは、どのような感想をもらっていますか?

村上梓さん
村上梓さん

「乳房マッサージは痛い」と思っている方が多いので、桶谷式のケアを受けると驚かれる方もいます。ケア前に身構えている方も、温かいタオルを胸に乗せると、ふわっと身体が緩んで、表情も緩んで「全然痛くないです」と言ってくれて、そんな姿を見るとこちらも嬉しくなります。

また、ケア後は、おっぱいもふわっと弾力性が増すので、分泌が良くなったと実感する方もいます。

障がいのある子に出会うこともありますか?

村上梓さん
村上梓さん

開業してからはまだ担当していませんが、これまでにダウン症の子や口唇口蓋裂のあるなど、哺乳が難しい子をケアすることがありました。

また、最近、息子が支援級に転籍することになりました。学習のなかで得意不得意の凸凹があり、本人の希望から担任の先生方と話し合って決めました。

そうだったのですね。支援級への転籍について、どのように感じていますか?

村上梓さん
村上梓さん

正直にいうとすごくショックで、「なんで自分の子が」とか「妊娠中の何かがいけなかったのかな」とか考えました。

また、今まで薄々気づいていたけれど「家庭でフォローできる範囲なのでは」とか、私が開業に至るまで忙しくしていたので「全然見れてなかったのだな」という申し訳なさなど、いろいろな感情が半年ぐらいありました。

障がいを認められない、受け入れられなかった時期です。今も転籍になったからといって、すべてを受け入れられたわけではなく、これからを不安に思う気持ちもあるのですが、うちの息子のように、気づかれにくい障がいを抱えながら、社会のなかで生きている子はいっぱいいるのだろうなと思っています。

受け入れる、納得するって、そう簡単にできるものではないですよね。

村上梓さん
村上梓さん

自分の歩んできた人生は一般的で、普通の小学校を卒業して、公立中学、県立高校と進んで…でも、それは当たり前ではなかったのだと思いました。

それを普通だと、私自身が思ってしまっていたから、「その普通に来れない彼はどうなってしまうのだろう」と不安になり、支援級の先生と泣きながら話しました。そのなかで、「個性のような、障がいのような子たちはたくさんいるから、成長の中で彼に合った学校や良い支援者に巡り合えるように頑張っていこうよ」と先生に言ってもらえたのです。

ふと気づけたのは、私の人生が誰よりも幸せかというと、そういうわけでもないなと思いました。たまたま、私は好きな仕事ができていて、その点に関しては幸せですが、実際は子どものこと悩んだり、他にも生活のなかで悩んだりします。自分が歩んできた人生のようにいくことが幸せな道ではないのだなということも、彼のこういう事実に直面して気づいたことです。

産後のお母さんやご家族に伝えたいことはありますか?

村上梓さん
村上梓さん

今までは駆け込み寺のように産後ケアを使う方が多かったのですが、産後ケアに対して、ハードルを高く思わないでほしいです。「こんなこと聞いていいのかな」という些細な疑問をひとつ聞いてみると、どんどん質問が出てくることがあります。

そういう小さな疑問が解決すると、とてもすっきりとした気持ちとなれるものです。そういった心の健康はすごく大事なので、授乳を軌道に乗せるためだけでなく、気軽に相談できる相手として頼ってもらえたらいいなと思っています。

今後の目標を教えてください。

村上梓さん
村上梓さん

ゆくゆくは、お母さんと赤ちゃんが安心して休める産後ケア施設とつくりたいと思っています。ただ、今の産後ケア施設は休息という目的が色濃く出ているところが多い印象です。私が目指したいのは、休息だけでなく、お母さんとしての自信をつけていく場所をつくりたいです。

とくに、食事を大切にしたいです。今、妊娠前からの女性の栄養が産後のメンタルヘルスや赤ちゃんの発達に影響を及ぼすことがわかっています。働く女性やサポートがない方が増えているので、親も子どもも十分な栄養が摂れていないことが多いと感じています。赤ちゃんがいると、どうしても自分の食事はおろそかになりがちです。離乳食が始まるとさらに大変です。また、午後になると、夕食の準備やお風呂が気になるお母さんもいると思います。

産後ケア施設では、お母さんを癒す食事、その食事は安心して赤ちゃんにも取り分けることができ、さらにそれを持ち帰って、堂々と家族に出せるものを提供していきたいと思っています。

インタビューを終えて

ひとしずく助産院には取材だけでなく、私自身も産後ケアでお世話になっています。桶谷式のケアは毎日がんばる自分へのご褒美のように心地よく、まるで全身のマッサージを受けたかのようにスゥッと身体が軽くなります

退院後、自宅での育児が始まると、「これでいいのかな?」という細かい疑問が出てきます。「たぶん、これでいいんだけど、本当にこれでいいのかな」という小さなハテナです。村上さんもインタビューの中でお話しされていましたが、「些細なこと」が積み重なると、それが重く固くなっていくような印象があります

気楽な気持ちで訪問してもらうことができ、しかも、その方が専門職であるという安心感は心の支えになりました。村上さんの笑顔や優しい言葉かけ、「(赤ちゃんの)お肌の調子、よくなったね〜」とさりげなく経過を一緒に追ってくれることや、自然と出てくる「えらいね」「がんばってるね」「(赤ちゃん)いいこだね」という言葉が、心をギュッと抱きしめてくれるのです。

些細なことの積み重ねは、産後や子育てに限ったことではないと感じています。今回の記事は、産後ケアという利用する対象が限られた内容ではありますが、どなたであっても、些細なことを積み重ねない工夫がとても大切だと感じています

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WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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