インタビュー

希望がひろがり「生きる」のなかに生きている(「在(ざい)」代表 加藤伸輔さん)

藤沢市をはじめ、全国的に活動する加藤伸輔さんは、ピアサポートグループ在(ざい)の代表であり、双極症の経験者でもあります。在は、精神疾患のある人や生きづらさを感じている人たちが、安心して語り合い、支え合う場をつくるピアサポートグループです。加藤さんは藤沢病院や藤沢市保健所の研修を担当し、在の活動理念である「あなたはここに在るだけで価値がある」を大切にしています。

私たちはどのようにしたら、お互いに心穏やかに生きられるのでしょうか。障がい種別のなかでも、目に見えにくい障がいである精神障がい特有の現状やリカバリーについて、加藤伸輔さんに伺いました

活動の中で大切にしている「あなたはここに在るだけで価値がある」について、教えてください。

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

言葉通りですが、「あなたはここに在るだけで価値がある」という想いがこもっています。

僕自身もそうでしたが、精神疾患も含め、生きづらさを感じている人は「なぜ、こんなに苦しいのに生きているのだろう」「生きている意味はあるのかな」という感情が、自然と湧いてきてしまいます。その感情を積み重ねていくと「自分は生きていても、意味もないし価値もない」という気持ちになってしまいがちです。

しかし、決してそのようなことはなく、人は誰でも、無条件に生きていること自体に価値があります。僕らの活動では、そのメッセージを伝えていきたいと思い、この言葉を大切にしています。

加藤さん自身も、「自分には価値がないのでは」と感じる日はありましたか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

もちろんありました。今でも、24時間365日、価値があると思い続けているかというと、「あーあ、俺なんか生きている意味あるのかな」と感じる日もあります。

いくら価値があるといっても、なかなかそう思い続けられないものです。だからこそ、「在る」ということを大切にしながら活動し続けています。

精神疾患によるつらさは、病状だけではないように感じます。どのようなものがありましたか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

病気や治療によって、過食になることや慢性的な倦怠感もあります。また、双極症は、薬などで安定させようとしても、どうしても気分の波を繰り返す特徴があり、それが生きづらさや生活のしづらさになります。

また、それ以外にも、世間の目が生きづらさにもつながります。たとえば、横浜市では横浜市福祉特別乗車券(通称パス券)があり、障がいがあることで、市営バスや市営地下鉄が無料になります。

福祉サービスとしてはありがたいのですが、この乗車券は運転手さんに見せて使用するため、バスなどで利用すると、あからさまに「ん?」という顔をする人もいます。悪気はなくても、その表情や態度が胸に突き刺さり、悲しくなります。

運転手さんだけでなく、周りの方も「あれ?何だろう?」といった雰囲気になるときもありますよね。

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

そうですね。周りの人がどう思うか気を遣うと、使いづらい場面はあります。たとえば、近所の人や知り合いがいると、パス券を使うのをためらってしまいます。

他にも、精神科以外の診療科を受診するときに、問診票に双極症のことを書くか迷うことがあります。なぜかというと、以前、問診票に書いて受診したときに「この人、精神障がいの人なんだ」といった空気感や対応があり、主訴とは別なのに、嫌な気持ちになったことがありました。

「精神疾患のある人」というのが良いイメージではないことが多いため、日常のふとしたところに生活のしづらさがあります。精神障がいは見た目ではわかりにくく、黙っていれば気づかれないことも多いため、あえて開示するのも…という複雑な思いがあります。

時代が変わっても、あまり変化はないですか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

今は、昔と比べるとかなりマイルドになったと感じます。しかし、何か事件が起きたときには、ネットニュースのコメント欄には「この人、絶対に精神障がい者だろう」という言葉が目につくことがあります。そういうものを見ると、世の中ではまだ、「精神疾患のある人=怖い、何をするかわからない人」と思う人もいるのかもしれないと考えてしまいます。

このようなこともあり、「自分の病気を隠す」「あまり開示したくない」と感じる人もいるかもしれません。僕の場合、仕事柄、精神疾患であることを開示していますが、それは精神保健福祉の領域だからであって、いつでもどこでも、誰に対しても開示できているわけではないと気づきます。

僕が開示することで、子どもに影響を与えてしまうかもしれないという不安も、生活のしづらさにつながっているのかもしれません。

加藤さんが講演などでお話しされる「リカバリー」について教えてください。

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

リカバリーは、一般的に「元に戻す、正常に戻す」という意味で使われることが多いです。ところが、病気や障がいに関する「リカバリー」は少しニュアンスが異なり、回復するという意味に加えて、「自分らしく希望をもって暮らしたい」と人生と向き合っていく過程が含まれています。

物理的に何かを治すことよりも、その部分の回復が、病気や障がいのある人にとって大事なのではないかともいわれています。つまり、病気や障がいそのものが治らなくても、それと上手に付き合いながら、「いい感じの自分」で暮らしていこうと思えるようになっていくことこそ、リカバリーにおいて大切なことなのだと思います。(参考:リカバリーとは「在」公式サイト

プロセスなのですね!

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

その通りです。リカバリーは「治った」という結果ではなく、「人生を歩んでいる」というプロセスです。

その過程は常に右肩上がりではなく、「ときには立ち尽くしてしまうこともあるけれど、また歩んでいく」もの。そして、どのような暮らしをしたいかは人それぞれ違うので、歩み方も進む姿も違っていいのです。

状態や状況が変わってくることで、「こんなふうに暮らしたい」も変化していくかも知れないですね。ちなみに、加藤さんは、今、リカバリーされている状態ですか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

まさに、リカバリーの過程を歩んでいるように感じています。

僕の場合、2011年にどん底を迎え、「人生終わったな」と思いました。しかし、今はそうは思わないです。逆に、あの時期があったから、今があると思えています。

リカバリーしていく過程は、どのような気持ちでしたか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

希望の感覚が広がっていくイメージです。真っ暗だった場所にすっと光が差し込んだり、雨が止んでぱぁっと青空が広がったりするような…、そんな感覚に触れられる時間が、少しずつ増えていった感じですかね。

もしかしたら、それまでも光はあったのかもしれません。でも、下ばかり向いていて、それを見る余裕がなかったのかもしれません。

今も大変なことはありますが、「希望」という光に目を向けられるようになっています。

加藤さんにとっての、生きがいは何ですか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

ピアサポート活動(参考:ピアサポートとは「在」HP)と家族です。

ピアサポート活動をしているといろいろな出会いがあります。たとえば、入退院を繰り返していた人が活動に参加したことで、入院することなく順調に生活できて感謝をされたこともありました。

僕のおかげというより、そこに集まっている人たちとのやり取りがその人のリカバリーの支えになったのですが、とても生きがいを感じました。

もう一つの生きがいは、家族なのですね。

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

家族と過ごす時間は、生きがいのひとつです。どん底だった頃には、今のような生活ができるとは思いもしませんでした。でも今は、家族と一緒に暮らせていることに感謝しています。

「ただここに在る」ことに価値があり、そのうえで、仕事や家庭で何かしらの役割を持つことが、生きがいにつながると感じるようになりました。

誰かと支え合いながら生きていくこと。それが、僕にとっての「生きる力」になっています。

加藤さんの仕事や活動を教えてください

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

現在、ピアサポートグループ在の活動の一環として、生活支援センターやデイケア、障がい福祉の事業所などで、WRAP(元気回復行動プラン)やピアミーティングの進行役を担当しています。

また、実体験をもとにリカバリーやピアサポートについてお話しし、講演や執筆を通じて精神疾患の理解や障がいへの差別解消に向けた活動を行っています。

昨年からは『リカバリーカレッジよこはま』の活動も始めました。

藤沢市内ではどのような活動をしているのですか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

藤沢市内では、週1回、藤沢病院のデイケアプログラムでWRAPのファシリテーターをやっています。2019年1月頃から担当させていただいています。また、2021年からは、藤沢病院の第三者委員会の委員も務めさせていただいております。

ほかにも、藤沢市保健所が主催する「うつ病セミナー」などの講座も担当させていただいたことがあります。

加藤さんにとって、「生きる」とは何でしょうか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

最近、僕は「生きる」というより、「生かされている」と感じることが多くなりました。

幼い頃から、「なんで生きているんだろう」「生きる意味とは何だろう」と考える子どもでした。学生時代には哲学の本を手に取ることもあり、精神疾患を発症してからは、「自分には生きる価値がない」と思った時期もありました。

でも、リカバリーの過程で、同じような経験をした人同士が支え合う「ピアサポート」という言葉と出会い、僕自身もその場を大切にするようになりました。そして今では、ピアサポートを感じられる場をつくっています。

なんとなくですが、「この場づくりをあなたがやってください」というメッセージが届いているような気がして、僕は今、生かされていると感じています。

たくさんの経験を経て、今の「生きる」があるのですね。

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

生きづらさを感じている人同士が支え合い、誰かをサポートしながら、また誰かに支えられて暮らしていく。そんな関係が「生きる」ことなのかなと感じています。

それと、個人的には、「なぜ生きているんだろう?」と考えなくなったこと自体が、生きている証なのかもしれません。

「生きている」「生かされている」という実感があるからこそ、その問いが自然と薄れていったのかもしれないなと思います。

加藤さんにとって、「障がい」とは何だと思いますか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

僕にとって、自分の障がいは弱みでもあり、強みでもあると考えています。

双極症があるからこそ、「障がいがある」視点だからこそ見える景色があります。その景色をどう社会に還元するか、そして、みんなが「いい感じ」になるにはどうしたらいいかを考えることが、障がいがあることの強みなのかもしれません。

障がいをネガティブに捉えると、どんどん生活しづらくなり、「あーあ」と思うことも増えてしまいます。でも、見方を変えれば、それが強みにもなる。そう考えたほうが、生きるのが少し楽しくなる気がしています。

今後やっていきたいことは、ありますか?

加藤伸輔さん
加藤伸輔さん

あたたかいつながりの中で、「生きる」を感じられる場を育てていけたらいいなと考えています。とくに、若い世代が自分らしくいられる場をつくり、WRAPなどを通じて「こんな考え方もあるんだ」と気づけるような機会を増やせたらと思っています。

これからも、ピアサポートの感覚に触れられる安心できる居場所を大切にしていきたいです。最近は、ちょっと面白いネットラジオもやってみようかな、と計画中です。

そして、「ただここに在ること」の価値を伝え続けながら、この思いを広げていけたらと思います。生きづらさを抱える人が、「ここに在るだけで価値がある」と、心から思える社会につながっていけば嬉しいです。

インタビューを終えて

皆さんは「どんなふうに暮らしていきたいか」を考える時間はありますか?何を大切に生きているのか、何が自分の心や身体を元気にしてくれるのか、何か苦手で、何が嬉しいのか。ふと考えると、自分のことなのに、ふんわりとした答えしか出てこないものです。

心の揺らぎは誰にでもあるもの。病気や障がいが、今あってもなくても「こんなふうに暮らしたい」「こんな自分になりたい」「自分にとっての『いい感じ』は何だろう」と、自分の好きなものや希望を考える時間をつくっていくことは大切ですね。そこと向き合うことが、心を支える柱を増やしてくれるように感じました

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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