インタビュー

自分の言語で診療を受ける、手話で「たわいもない会話」ができる接骨院を目指して(湘南Sunny接骨院 島野裕史さん)

腰が痛い、肩が痛い…身体の不調を診てもらうとき、生活の中からその原因を探すのは大切なことです。接骨院の診療では、施術の中のたわいもない会話から、その人のクセを知り、よりよく生活するためのアドバイスをおこなっていきます

聴覚障がいのある方にとって、「たわいもない会話」のハードルは高いです。手話通訳者の同行による受診では、最低限の会話をする方が多く、雑談はあまりしません。2022年12月、藤沢市石川に「湘南Sunny接骨院」が開業しました。「聴覚に障がいがある人にも、ほかの人と同じ質の診療を受けてほしい」代表であり、コーダ(親が聴覚障がい者)の島野裕史さんにお話を伺いました

どのような接骨院を目指して、開業したのでしょうか?

島野裕史さん
島野裕史さん

湘南Sunny接骨院では、聴覚に障がいがある人も、健常者と同じように施術を受けてもらいたいと思っています。聴覚障がいのある方には、自分の言語で受診できていない歯痒さがあります。

聴覚障がいのある方が手話通訳を介さず、直接、柔道整復師と手話で会話ができれば、ご自身の身体のことをもっとストレートに説明ができると思っています。聴覚に障がいがあっても、一般の方と同じ質の治療を受けてもらいたいというのが一番強くて、障がいのある方にとっても受診しやすい接骨院を作りました。

手話通訳の方が通訳をするのと、直接、手話で話すのでは違いますか?

島野裕史さん
島野裕史さん

違いますね。私自身も、両親がふたりとも聴覚障がい者だったので、両親が病院に行くときには、通訳として一緒に行くことが多かったです。通訳をしていると、いつも引っかかる気持ちがありました。

自分の身体のことを医師と直接話せたほうがいいのに、それが叶わず、誰かが間に入ることになってしまう。通訳はないよりはあったほうが良いのは当然ですが、英語の通訳などと同じで、ニュアンスが変わってしまうことがあります。解釈なども伝える人によって変わってします。

特に、接骨院が扱う内容は身体を触るものが多いです。知らない人に触られることに抵抗がある人もいるので、より一層、誰かを介さずに柔道整復師と直接手話で会話ができたら、伝えやすいなと思うのです

手話で、直接やりとりができて良かったなと感じた瞬間はありましたか?

島野裕史さん
島野裕史さん

相手の方の反応がすごくいいですね。「手話できるんだ!」と、距離感が近づく感じがあります。あと、普通の会話というのでしょうか、たわいもない会話もできるのです

聴覚障がいの方の「症状を聞いて治療する」ことは、どこの接骨院もできますが、そのとき、雑談はしないで帰られる方がほとんどだと思います。一般の方だと「今日、こんなことがあって」とか、自然と何気ない会話をしているものなのです

診療は、気にかかることや悩みなどのいろいろな話を聞ける場でもあるのに、聴覚障がいの方となると、なかなか、そうはいかないものです。雑談を通訳してもらうのは…って思っちゃいますよね。直接、手話と手話で会話をして初めて出てくることが多いです

たわいもない会話って、大事ですね!

島野裕史さん
島野裕史さん

気持ちの上でも大事だし、接骨院だと治療の上でも大事なのです。その人のバックグラウンドとか、生活スタイルとか…たとえば、いつもこういう姿勢で生活しているから身体に負荷がかかっているとか、会話がないと、そういうことが引き出せないのですよ。

そういう意味で、普通に何気ない会話ができる環境をつくることは、聴覚障がいの方にも健常者と同じレベルの治療を受けてもらう方法なのです

もちろん、接骨院の中には「手話ができるスタッフがいます」という場所はあります。だけど、施術をする人ではなく、ほかのスタッフであることが多いです。そうすると、手話通訳の方の場合と同じような雰囲気になってしまうこともあります。

最初に、島野さんのご両親はふたりとも聴覚障がいと伺いましたが、子どもの頃の生活などはどのような感じだったのですか?

島野裕史さん
島野裕史さん

聴覚障がいのある親から生まれた子を「コーダ」というのですが、自分はそれでした。両親ふたりとも全く聞こえないです

音が聞こえない分、音で反応するランプなどを使って育ててくれたみたいですが、自分も落ち着きのある子ではなかったそうで、ちょろちょろちょろちょろして、ケガすることも多かったみたいですね。「周りに助けてもらって育てていた」みたいな話は、親から聞いたことがあります

そのくらいに思っていたのですが、最近、自分にも子どもが生まれて、実際に子育てをしてみると、耳が聞こえない中で子育てをした両親は、本当に大変だっただろうなと思いました

島野さん自身が、その環境で困ったことなどはありますか?

島野裕史さん
島野裕史さん

それ、よく聞かれるのですが、わからないのですよ。「コーダで、困ったことは?」と聞かれても、自分にとっては、これが「あたりまえ」だったので、困ったことって何だろうという感じです

家に音がないのは、自分にとって普通なことでした。たとえば、学校から家に帰ってインターフォンを鳴らすと、その音を拾って、パトランプみたいなランプが回っていました。それを見て親は「帰ってきたな!」と気づいて、あとは「お!」と手を上げて挨拶する…そんな感じでしたね。

本当に、通常の家と変わらないと思います。「ただいま〜」みたいな感覚も同じですし、ただそこに「音」がないというだけですね。普通の親と何を差はないと思っていますね、未だに

でも、中学生とか高校生ぐらいのときは正直嫌でした(笑)年齢とか性別の影響もあるかも知れないけれど、一緒に歩くのも嫌だったし、みんなから何か言われたら嫌だなと思った時期もありました。それが平気になったのは、20歳ぐらいからです。自分の子どもを育てるようになってから、むしろ「うちの両親、本当にすごいな」と改めて思う感じですね

ずっと手話言語で暮らしてきたということですよね?

島野裕史さん
島野裕史さん

そうですね。生まれてから、ずっとそうでした。なので、手話の勉強を一切したことがなく、ところどころオリジナルの手話になっています。この接骨院を始めて「あれ?手話できるけど、これちゃんとした手話なのかな?」と思い、今になって、「ちゃんとした手話」を親に聞いています(笑)

手話の良いところは、敬語がないことですね。だから、年上の方でも小さい子でも、誰とでもフラットに話せるのがすごくいいなと思っています。とっつきやすいし、話しかけやすいし、それもあって、割と手話を使っています

ここの接骨院には、コーダの子も来ますか?

島野裕史さん
島野裕史さん

来てほしいなと思っているのですが、まだ来てないです。聴覚障がいのある親に育てられている子どもは珍しくはないので、普通にいるはずなのですよ。そういう同じ境遇の子とも話してみたいし、聴覚障がいのある方にも来てもらいたい。いろいろな人に湘南Sunny接骨院に来てもらいたいですね

うちの接骨院は、今のところ、20代、30代、40代の仕事をしている方の通院が一番多いです。あとは、部活動のケガやスポーツのケアで来る中学生と高校生も多いですね

スポーツのケアで、力を入れていることなどありますか?

島野裕史さん
島野裕史さん

実は、デフリンピックなどのスポーツトレーナーになりたい時期もありました。なので、スポーツ関係は大事に思っています。なかなかプロにならないと良い治療を受ける機会がないので、聴覚障がいのある子どもでスポーツやっている子たちにも来てほしいなと思っています

うちの接骨院では、スポーツ選手が治療で使うレベルの機械を入れています。骨折や肉離れを早く治してくれる機械も入れているので、スポーツやっている子たちが来てくれたらいいなと思っています。

整形外科を受診して、それで終わってしまう人も多いのです。早く治したいと思っても、接骨院でできることを知らなかったり、自費診療という文字だけで不安な気持ちになってしまう方が多いのですよ。特に、情報が入りにくい障がいのある方なら、なおさらです

自分の親ですら、ここには来るけれど、ほかの接骨院を勧めても「やだな」とか言います。そういう人は大勢いるのと思っています。きっと「騙されるんじゃないか」と思ってしまうのだと思います。それが、自分の言語で直接話せれば違うかも知れない。だから、そういう障がいのある人にも安心して受けてもらいたいなと思います

ここの接骨院は、大きな鏡があったり、可愛い植物がいっぱいあったり、可愛らしい印象がありますね!

島野裕史さん
島野裕史さん

植物関係は、自分の趣味です。いかにも接骨院という感じにしたくなくて、エアプランツも飾っています。ちなみに、このあたりのワイヤーも自分でつくってみました。

患者さんに「この葉っぱを売ってくれ」と言われたこともありました(笑)接骨院の雰囲気を含めて、誰でも来やすい環境をつくりたいという想いでやっています

大きな鏡は診察の中でどのように使うのですか?

島野裕史さん
島野裕史さん

鏡の前で「こういう体幹トレーニングやった方がいいよ」と教えることもあります。接骨院は、骨の模型などを使って説明することもありますが、なかなか、専門用語を並べて、見たこともない骨の説明を受けても、よく分からないものです

それもあり、うちでは鏡を使って、自分の身体を実際に見てもらっています。姿勢や身体の使い方を、自分の目で見てもらうと、少しわかりやすくなるのではと考えています。難しいことを難しく伝えず、誰にでもわかるように伝えることも心掛けていることです

この接骨院で大事にしていることを教えてください。

島野裕史さん
島野裕史さん

「聴覚障がいのある方にも、健常者と同じように施術を受けてもらいたい」という想いはありますが、誰に対しても、一人ひとりに合わせた治療をしたいと思っています。一人ひとりの時間をきちんと設けて、それぞれのニーズに合わせて治療をしたいなと思っています。

「一人ひとりに向き合う」を大切にしていて、これも手話から来ているのかなと思っています。手話の特徴は、目で見ないと会話ができないことです。極端な話ですが、声だけの音声での会話なら、別に見てなくても会話ができてしまいます。

そういう意味でも「目を見る=向き合う」ということを大切にしたいなと思っています。…あんまり目を見るのは得意なほうではないのですが(笑)

湘南Sunny接骨院
各種保険取扱、自費診療もおこなっています。交通事故・労災・骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷・スポーツ外傷など

住所:藤沢市石川3-30-8コスモヒルズ壱番館C号室
電話:0466-61-5658

Point
Q.「接骨院」は何をする場所?整形外科と何が違うの?
病院(整形外科)は、基本、健康保険で病気やケガを治療します。捻挫や脱臼、骨折などの診断がついて、治療を受けるイメージです。接骨院はその状態を早く治すために、機械をつかったり、リハビリをしたりする場所です。骨折や脱臼は医師の同意のもとで治療し、捻挫や打撲などは接骨院の判断で治療ができます。

保険診療以外に、自費扱いとなる整体のような診療もあるので、幅広いニーズの方に来ていただけるのも特徴です。はっきりと原因が分からなくても「ここが痛い」とか「肩こりや腰痛が治らない」とか、そういう訴えで来る方もいます。接骨院で話しながら診ていき、日常生活を振り返りながら、不調の原因を見つけていく感じですね。

島野裕史さん
島野裕史さん

インタビューを終えて

私たちの日常を考えたとき「これが欲しいです」「はい、どうぞ」と終わる関係はとても少ないように思います。とくに人を介したサービスを受けるときには、そこに必ず「たわいもない会話」が存在しています。美容院に髪を切りに行くときも、そこに何らかの会話が生まれ「リフレッシュできた」「楽しかった」などの感情が生まれます。一問一答のように、おこなわれるサービスの間には、たわいもない会話が間をつなぎ、サービスの質を高めてくれているように思うのです

手話は言語です。目的を達成するために、手話があるのではなく、会話をするために手話はあります。島野さんのように実際に施術する方が、手話で会話をできると、診療の内容は大きく変わるでしょう。「また、腰が痛くてさ、歳かな!(笑)」などの何気ない会話の価値を、あたりまえと思わず、大事にできたらなと思います

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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