インタビュー 障がいとは

新しい文化に出会う、特別支援学校でバリの踊りを(バスンダリ 長谷川亜美さん・伊藤素美さん)[No.020]

投稿日:2021年8月26日 更新日:

暑い夏がやってくると、例年、沢市では江の島バリSUNSETが開催されます。藤沢を中心に活動するバリ舞踊のグループ「basundhari(バスンダリ)」代表の長谷川亜美さんとメンバーの伊藤素美さんにお話を伺いました。

バスンダリの皆さんは、年に1回、特別支援学校へ出向き、子どもたちにバリの踊りを届けています。特別支援学校の依頼から始まった、障がいのある子たちに送る、国際文化のカリキュラム。生徒さんたちにとっても、バスンダリの皆さんにとっても、新しい出会いと新しい文化に出会う貴重な時間になっています。

 

横浜にある、みどり養護学校で10年ほど授業は続いているということですが、どのようなきっかけで始まったのですか?

みどり養護学校の教頭先生からご連絡いただき、スタートしました。1回で終わってしまうわけではなく、その後も先生が変わるごとに引き継がれて、10年近くになります。その年によって違うのですが、基本的には、中学部の生徒さんを対象に年に1回やっています。「障がいのある子たちのためのカリキュラム」みたいなものを、当時の先生が本にもしていたのですが、その中に「バリ舞踊」も入れてくれた感じでした。体育館にみんなで集まって、私たちの踊りを見てもらい、その後、教室に移動して、みんなで踊るという流れですね。(代表:長谷川亜美さん)

 

みどり養護の子たちは、どんな子が多いのですか?

いろいろな子がいますね。学校としては、知的障がいの子が多いと聞いています。障がいのことは詳しくないのですが、体格も大きい子もいるし、動きが大きい子もいるし、障がいの度合いも濃淡があるので、近くに来て話す子もいれば、ずっと遠くで話さない子、本当にいろいろな子がいますね。バリの踊りに参加しなくて、先生に「ほらほら」と言われながらも、教室で転がっている子もいました。いつもを知らないので、「あ…怖いのかな?」「つまらないのかな?」とも思ったのですが、あとから先生に聞くと「楽しんでいた」と。その子なりの楽しさの表現があるのだなって思いますね。バリの踊りは、とにかく衣装が華やかで、お化粧が派手なので、生徒たちが驚いちゃうかなと、心配していたのですが、意外とみんな平気でホッとしました。(伊藤素美さん)

 

私たちの感覚の「楽しい」とは表現が違う子たちもいますよね。この授業は、何のために始まったのですか?

特別支援学校の子どもたちの生活は、家から学校まで送り迎えで行くことが多いことを、みどり養護学校の先生から教えてもらいました。関わる大人も、家族や学校の先生がほとんどで、なかなか知らない人と関わる機会が少ないのだと。でも、社会人になったらそうではないし、障がいがあろうとなかろうと、いろいろな人と付き合わなくてはいけない。今は、知っている人との付き合いだけど、そうではなくなる。そう考えたときに「知り合いではない方と出会う機会を」とりわけ「『国際』という勉強の中で、世界の国の何かをやっている方との出会いを」と、このカリキュラムが始まりました。(代表:長谷川亜美さん)

 

実際に「他の国を知る良さ」ってどんなところでしょう?

そうですね。私は踊りが好きでいろいろな踊りをやってきたのですが、近所の施設でバリ舞踊が習えるのを知り、10年くらい前に始めたのです。
知ると、世界は開けてきますよね。私の場合は、踊りを通してですが、やっぱり「なるほど」と思うことがあって。歴史を学ぶわけではないけど、踊りの中に込められた気持ちや想いを知ることで、「あ…世界が広くなるな」と思います。それに、世界によって、いろいろな当たり前があることが分かっていきますね。(伊藤素美さん)

私は、バリのことを勉強したくて留学をし、日本に戻ってきてからは、この文化を皆さんに伝えたい!って思った感じです。人が生きていくためには、そこに異なった文化が必ずあって、踊りが生まれたり、音楽が生まれたり…。文化に触れることで自分も広がるのですよね。(代表:長谷川亜美さん)

 

広がるし柔軟になりますよね。お二人は、障がいのある子と関わる機会はこれまでにありましたか?

ないですね。ただ、私が小学校の頃は特別支援学級はなかったので、知的障がいのある子も一緒のクラスでした。だから、自然とクラスメイトにいたという感じはありますね、意識して「障がいのある子と関わりました」という感覚はありませんが。特に、障がいのある子と関わることに不安はなかったですね。キラキラしている衣装を触ってみたいと近づいてくる子たちもいて、自然と関われている感じです。活動では一緒に楽しむ」を大切にしているので、私も含めて、本当に楽しませてもらった感じでした。(伊藤素美さん)

小学校の頃に一緒のクラスに障がいのある子はいました。一緒の班になることもありましたし。ただ、みどり養護学校の子たちと違うのは「学校に一人で通える子」でした。なので、みどり養護学校の子たちと会ったことで初めて、障がいの幅はいろいろあるのだと知りました。普段、街中で出会う障がいのある方々も、基本的に一人で移動できる方々なので、自分の描いていた「障がいのある子」よりも障がいの度合いが重い子もいて、ビックリしたのが正直なところでした。

その子たちもいつかは自立するのだと思うと、どうやって大きくなっていくのかなとも思いましたし、わからないことが多くて。ただ、関わると印象って変わるんですよね。この子はこういう子なのかな?と、一人ひとりのキャラクターがだんだんと分かってくる感じでした。(代表:長谷川亜美さん)

 

確かに、移動するときは、ほぼ車という子もいると思うので、そうですよね。子どもたちと関わって、良かったことや気づけたことは?

誰とでも楽しい時間を共有できる、それは障がいのあるなしに関わらないって思えましたね。ただ私たちは、その子のいつもを知っているわけではないので、その子が楽しんでいるかどうかというのが少し分かりにくいのですが、それでも、一緒に踊ってくれて、楽しい時間を共有できているって感じられるのが良かったです。その場で参加してないように見えても「あの子、楽しんでいたんですよ」と先生にあとから聞いて、ホッとしたり。この授業をやってきて思うのは、障がいのある子と関わるのと、障がいのない子と関わるのって何も変わらないってことです。結局「一緒に踊って楽しい時間を過ごす」という意味で、何も変わらないんですよね。(伊藤素美さん)

「出会えたこと」が良さですね。バリ舞踊を通して、いろいろな方と出会えています。この授業も、何かしら、その子たちにとって、いい思い出として残っていたら嬉しいなって思いますね。障がいのある子と関わったから何かを得た…というように、「障がいのある子」って意識もそこまでしていないですね。「練習する踊りは、繰り返しが多くて分かりやすいものを選ぼう」と、授業の内容を考えているときは、「障がい」を意識しているように思いますが、それくらいですね

この授業の良さは、「バリ舞踊」に限らず、普段会わない人たちに出会えことが大事だなと思っています。バリの踊りは煌びやかで、南国の雰囲気も感じられる…その良さもあるけれど、特別支援学校に通う子どもたちにとって、学校とお家、放課後の過ごし方、知っている同じ方々との出会いが多い中で、その枠組みを超えて、知り合い以外の大人と触れ合えるのは大切なことだと思っています。(代表:長谷川亜美さん)

 

話していたら、国の違いも文化の違いも、障がいを含めて一人ひとりの違いも、何だか似ているように思いますが、どうでしょうか?

確かにそうかも。今まで、そう感じたことはなかったけれど、「違い」あって当たり前で、お互いを理解しようと思うと、相手の感じていることって分かりますよね、身振り手振り…ちょっとした表情や雰囲気で。嬉しいんだなとか…ただ、怒っているように見えても、それが「嬉しい」という表現って場合もあるって教えてもらって。私たちの概念を超える「嬉しい」という表現があることも、みどり養護学校の活動で知りましたね。それも含めて、一人ひとりのもつ文化ですしね。(代表:長谷川亜美さん)

 

長谷川さんが魅了された、バリの文化ってどんなものでしょうか?

私にとって「生きる道しるべ」ですね。バリの文化は、白と黒、月と太陽、右左、善と悪…必ず、2つの局面があって世界が成り立っているという考え方で、善だけではないということですね。日本は白黒つけて、白は良いけど、黒はダメとか、どちらかを排除してしまう傾向があると思うのです。バリの文化はそうではなくて「みんな、黒があって当たり前」、それも認めて「白を選んでいこうよ」ていう考え方ですね。誰でも自分の中に、善と悪を持っていて、優しいだけではなくて、ちょっといじわるしちゃう…とか。絶対に善だけってことはないし、でも「私は善だけ」と思っている人もいる。大切なのは、必ず「悪」も自分の中にあって、それをコントロールして調和して生きていくことなのだと知りましたね。私は、前まで、良いものは良い、悪いものは悪いとスパッと切るタイプだったので、それが少しなくなったかなぁ…と。受け止められる幅が広がるんですよね。(代表:長谷川亜美さん)

 

黒があるって思えることで、楽になる方もいる気がしますね。最後に、特別支援学校でのバリ舞踊の授業を通して、「障がい」とは何だと感じていますか?

私は「健常」て言葉が嫌いなんです。本当は「障がい」て言葉も嫌なんですけど、代わりになるいい言葉が見つからなくて。私たちも、目が悪ければ眼鏡をかける、背が低くて高いところが届かないなら、誰かが取ってもらう…走るのが早い子がいたり、遅い子がいたり…濃淡があって、バリエーションがあって、ひとつの集団があると思うのです。そのバリエーションの中の1つとして「障がい」とか「○○ができない」があるだけで、それを集団として受け入れていくのが良い社会だと思っています。

誰でも、できないことがあるし、みんなで暮らすためにはどうしたらいいのかと考えて、お互いを理解し合い、カバーし合えばいいのかなって。相手のことが分からないから近づけないだけで、もっと知ることができれば違うと思っています。相手を知れば、もっと楽に付き合えると思うのです。「障がい」といってもグラデーションがあるし、その子に必要な支援が何なのか、すぐに手を出さずにチャレンジしたほうがいいときもあるし、もっとその子を知ってから、バリエーションのある関わりができたらと思いますね。障がいという枠組みを、もっと緩く考えたほうがいいなって。(伊藤素美さん)

「障がい」て何だろう…、難しいですね。「見た目が違う」てことで分けてしまっているのかなと思います。私たちもできないことは、たくさんあるけれど「障がい」というカテゴリーにはされていない。見た目で目立たないから、できないことがあっても目立たなくて、それなのに「障がい」というと、できないことを「障がい」として捉えられてしまっているような…。見た目で判断しちゃいけないよねって思いますね。お互い知り合う機会が少ないのも原因だと思っていて、最近は、男女の隔たりもなくなっているのだから、障がいという見た目の隔たりも、もっとなくなったらいいなって。(代表:長谷川亜美さん)

 

インタビューを終えて

「障がい」というラインの引き方に迷いはありますが、文化に触れるという点で、国際の授業と障がいの理解と、人を理解する…その根本は同じであるように思いました

言葉が通じないという言語の違い、一人ひとりが抱いている「当たり前」の違い…

新しい世界を知るとき、国際交流というと私たちはワクワクとしながら、新しい文化に触れていきます。言語の勉強も楽しいでしょうし、世界が広がることは純粋に豊かさになっていきます。

障がいの理解もそうなっていくといいなと思っていて、言葉や表現が自分の思う「当たり前」と違っていたとしても、何となく分かったときの喜びがそこにあり、もっと知ることで近づくことができて、広がりが豊かさになっていく

あえて、「障がい」「言語の違い」「文化の違い」「○○の違い」と分ける必要もなく、どれも似ているように思います。

「違い」があって当たり前で、でも、好きになると「違い」を数えることが少なくなる

もっと気楽に、もっと先入観なく、新しい文化に出会えるハードルを低くしたい。

 

 

 

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小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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