インタビュー

つなぐことで支えたい「人の中で働く」(就労サポートセンターねくすと 所長 八木苑子さん)

企業で働きたい障がいのある方をサポートする就労移行支援事業。「就職した後、つらくなるのは仕事内容より、職場の人間関係。人の中で働くということをどう支えていくのか、そして、就労はあくまで生活の一部、大切なのは自分を理解すること」そう話してくれたのは、鎌倉市大船に位置する、特定非営利活動法人 地域生活サポートまいんど 就労サポートセンター「ねくすと」所長の八木苑子さんでした。

以前インタビューした、タックルベリー小坂さんからのご紹介で、八木さんと知り合いました。彼女が語る『つなぐ』というサポートは、どこにも寄らずバランスを大切にし、この仕事がなくなるような社会を目指した一歩一歩であることを教えていただきました。

「ねくすと」は、就労移行支援事業を始めて、長いのでしょうか?

八木苑子さん
八木苑子さん

自立支援法ができてから就労移行支援という名前ができ、その翌年くらいには立ち上げているので、就労移行支援事業所の中では古い方だと思います「まいんど」には「とらいむ」という委託相談を鎌倉市から受ける相談支援事業があるのですが、そこで、もともと就労の相談をずっと受けていたのです。

法律が改正されたときに、まずは「とらいむ」の一角で就労移行支援事業をスタートし、だんだんとニーズに合わせ、プログラムを作っていった感じです。8年くらい前に大船に場所を移し、今の場所で「ねくすと」を始めました

ニーズはやはり多いですか?

八木苑子さん
八木苑子さん

ニーズはすごく多いですね。基本的に「働いていなくては」と思っている方が多いのと「今は難しくても元気になったら働きたい」という方も多いです。「ねくすと」に来る方は、精神障がいのある方が中心です。「まいんど」自体が、精神障がいのある方をサポートしていきたいという流れで誕生したという経緯もあります。

最近は、軽度の知的障がいの方や発達障がいの方も増えてきてはいますが、どちらかというと、一度働いて、そこでうつ病などを発症して働けなくなってしまったという方が多いです。利用者さんは、15名くらいです。一時期は30名近くいらっしゃったときもあったのですが、だんだんと藤沢近辺に、就労移行支援事業所が増えてきたので、その影響もあり、人数として、少し落ち着いた感じです。

就労移行支援の事業所も多くありますが、「ねくすと」で大事にしている想いは何でしょうか?

八木苑子さん
八木苑子さん

確かに、就労移行支援の事業所はたくさんあります。新しくできた事業所と少し違うのかなと思うのは、「ねくすと」では、就労は生活の一部なので、働くことだけがすべてではないということを大切にしています。働くことをゴールにした支援にしてしまうと、結局、就労した後にうまくいかなくなったり、そもそも就労が難しかったりするのです。生活の根本から支えないと、土台から崩れてしまうことがあるのですよね

就労移行支援なので、基本は、就労するために必要な訓練やサービスを提供するということですが、その前に土台を整えることが必要です。日常生活が成り立って、はじめて仕事を続けることができるので、根本的な日常生活の過ごし方が土台として重要になってくるのです

薬はちゃんと飲めているのか、朝起きる時間・寝る時間は自分で調整できているのか、身だしなみを整えられるのか…身だしなみって調子が悪いときだと、そこまで気が回らなくなってしまうので、体調の良し悪しを示すサインにもなるのですよね。仕事の能力だけでなく、そのような土台がいかに大切かということに気づいてもらうことを大切にしています

プログラムの中には、常に『自己理解を深める』というものがあります。自分にはどのような傾向があるのか、どういう障がいがあるのか…障がいなのか病気なのか、もともとの性格なのかは分からないのですが、それを含めた自分の「特性」を知ってもらうのが一番大事です。自分を理解すること、それをやっていくことで就職にもつながるし、生活を整えることにもつながるのかなと思っています

『自己理解を深める』って大事ですが、なかなか難しいことですよね。プログラムの中では、どのようにやっているのですか?

八木苑子さん
八木苑子さん

プログラム以外に面談などもありますが、「ねくすと」のプログラムの特徴は「作業」があることです。そこが自己理解ともつながっています。就労移行支援というと、座学的なものをやっている事業所が多いのですが、「ねくすと」では必ず作業をやっています。就労移行支援単独の事業所で作業をやっているところはほとんどないですね。就労継続支援B型が併設している事業所なら、一緒に作業をすることもあるのですが。「ねくすと」では、利用者さんに作業をしてもらい、工賃をお支払いしています。それも、「ねくすと」ならではの特徴だと思います。

作業を通して自分の特徴を知るというのは、分かりやすいし実践的です。活動を通すことで、自分の特性がどのように仕事に影響するのか、支障がでるのか、何がストレスになるのか、どうなったらやばいのかが分かる…このあたりで休んでおかないとそのあと崩れてしまうから、ここでストップしよう…とか、作業をやってもらい、具体的な場面の中で、自分を理解し、自分に合うもの、自分なりの休み方を習得していくことを大切にしています

「ねくすと」パンフレットより♬  パンフレットはコチラ▼

具体的に「作業」はどのような内容ですか?

八木苑子さん
八木苑子さん

バリエーションはさまざまあり、作業の種類も幅も多く用意しています。手先を使ってもらうような細かい仕事や、パソコン使ったデータ入力、動きのあるピッキング…「ねくすと」の施設内で実施できないものは施設外作業という形でやっています。それこそ、タックルベリーさんにお世話になるなど、企業の方の力を借りて、現場で作業させてもらっています。就職先としての関わりだけでなく、「ねくすと」に通っている方の仕事の練習の場としても関わってもらえることが本当にありがたいです。

ほかにも、清掃、パソコン、調理(調理補助)などのプログラムもあるので、仕事としてできるかどうかを試せる機会にもなっています。とにかく、実践。やってみて自分に合うのか試していく…それが自己理解を深めるためには大事かなと思っています

調理があるのって珍しいですね

八木苑子さん
八木苑子さん

そうですね、珍しいと思います。「ねくすと」では、お昼ご飯の提供もおこなっていて、希望者は注文できるようになっています。月曜日から木曜日は、「まいんど」内の別の事業所の利用者さんと職員が来て、昼食の準備をしてくれるのですが、金曜日は「ねくすと」の利用者さんと職員で、注文された分の料理を作っています。だいたい、多くても10食くらいですね。プログラムに参加している利用者さんは、午前中、ここにあるキッチンで調理をし、お昼には注文をとり、午後は片付けです

調理って複雑で、お昼までに必ず作らなくてはいけないというタイトさがあったり、調理は段取りが必要なので何人かで分担したり、お味噌汁・メイン・副菜など同時進行で進めたり、いろいろと考える内容が多いです。「時間までに終わらせなくてはいけない」という状況は具体的で分かりやすいので、緊張しますよね。これもひとつの経験になり、時間に必要以上に焦ってしまう方もいれば、まったく時間の意識がなく…気がついても焦らないという方もいます。その人それぞれの特徴を自分自身が理解していく…その中で、得意不得意も自分で分かるようになっていくのです

カウンターで提供するときも、注文を取って、ご飯の分量を聞いて、盛り付けをして…お客さんには番号札を渡し、席についてもらうという、まさに接客業です接客に憧れをもち「できるかな…緊張するな…」と内容がハッキリと分からないまま就職し、合わずに辞めてしまうというケースもあります。なので、「ねくすと」に通っているうちに、試せるというのはいいことだなと。いろいろなところに、仕事の実践がある感じです

利用者さんは、このプログラムの内容を知って「ねくすと」を選ぶ方が多いんですか?

八木苑子さん
八木苑子さん

そうだと思います。今は就労移行支援事業所も増えたので、何ヶ所か見比べてから来ている方も多いですね。どこかと比べて、こちらのほうがいろいろ体験できそう、自分の気になっている部分を見つめて練習できそうと選んでいる方が多いように思います。

就労までの期間は、人それぞれで、半年くらいで就職が決まる方もいらっしゃいますし、平均すると1年~1年半くらいですかね。最長2年間となっていますが、その2年間のあいだに「ねくすと」に通えなくなってしまった方もいました。結局、「ねくすと」に復帰して就職されましたが、それってすごく大切な出来事だと思っているのです。

来れなくなるってマイナスに捉えられがちですが、私たちはそうは思っていなくて、こういうことは就職してからもあるので、それを「ねくすと」で経験できて、しかも一緒に振り返れるので、むしろプラスですよねと話しています。どうして休まなくてはいけないくらい体調が悪くなってしまったのか、次、起こらないために何ができるのか…それを考えるために「今」があるので、むしろ、どんどん、つまずいてくださいと思うくらいです。いろいろな壁に今のうちにぶつかって欲しいって思いますね

すごく大切な福祉的な視点がたくさんつまっているのですが、スタッフ同士の連携で大事にしていることはありますか?

八木苑子さん
八木苑子さん

今、職員は7人いて、福祉の専門の資格を持っているのは3人、あとは勉強中です。私は福祉を大学で学び、そのまま福祉の世界へ入りました。就労移行支援の現場は、福祉オンリーではなく、一般社会の中で働いてきて、こちらの分野に興味をもち、転職してくる人が多いように思います

「ねくすと」の4人もそういう感じなのですが、いいところは、企業の視点を経験的に積んでいるので、企業側の気持ちが分かるという点です。私の感覚は福祉寄りになりがちなので「企業としてはそれはないよ、それは福祉の発想だよ」ということを教えてもらえるのがいいところです。

それに対し、私は福祉の視点を伝えているので、そのどちらもあるのがいいことだと思っています。「福祉としてはこう…でも、企業の方にそこまでやってもらう?」というラインの話が、「ねくすと」内でできるのは強みですね。諦めるという意味ではなく、企業側の発想を想像しながら、現実的に利用者さんの「企業の中で働く」を考えることができています

福祉の視点としては「本人目線で考える」ということを伝えています。どうしてこういう行動?そんなことで怒る?という場面があったときに「でも、本人はこうやって生きてきて、こういう教育と経験を積んできたのだから、そりゃそうするよ」って伝えることもありますね。本人目線で考えるというのが、支援者の専門的な視点かなって思います。本人にとっては苦しい、つらい…そこに想いを馳せるという感じですね。気遣いや優しさとも違って、本人目線の発想で考えることが大切なのだと思います

利用者さんの想いと企業のあいだをつなぐって、デリケートだし、難しいですよね。心掛けていることはありますか?

八木苑子さん
八木苑子さん

障がい者雇用は「カウントが必要…人数として雇わなくてはいけない」という意識で、障がいのある方を雇用している企業も多いです。そこに「雇う」という意識はあるのかと考えてしまうこともあります。働くというと、何ならできる?と「仕事内容」に目がいく方が多いのですが、実際に働いてから本人がつらくなるのは、仕事内容よりも人間関係なのです

「ねくすと」では就労定着支援もやっているのですが、就職した後に、本人に合う仕事の調整ってそこまで時間がかからないのです。実習して、この仕事ができそうだと見極めて、最初の数か月は何種類か仕事をやらせてもらい合うのを探していく、そうしているうちに、ちょうど合うものを見つけることができるのです。ただ、結局は「人の中で一緒に働く」ということがネックになってくるので、そこがうまくいくかどうかを見なくてはいけないのですよね。もちろん、本人の特性もありますが、企業の方が「雇う」という意識があるかないかも、本人を取り巻く職場環境に関わってくるとも思うのです。

就労移行支援・就労定着支援を携わっている支援者側と、雇用した企業側が、腹を割って話せる関係になれるかというのも重要ですし、本人を含めて、その想いをどう伝えていけるかが重要だと思います。そのために先ほども話に出てきた、企業側の想いをこちらが想像できるかというのも大事ですね

「働く」ということに関して、利用者さんとどのようなこと話していますか?

八木苑子さん
八木苑子さん

「あなたにとって働くとは?」を聞くことから始まりますね。私がよくやっているのは、丸を3つ書いて「やりたい」と「やれる」と「やるべき」、この中で「働く」はどこにあるかと聞いています。「働く」が「やるべき」に入っている方は「働かなきゃいけない」という気持ちで、働くので、つらいんですよね。だからといって、やれないし、やりたくもない仕事をやっている方は、続かないでしょうし

利用者さんとは「やるべきではあるかも知れないけれど、やりたいし、やれる」と思えるものがいいですね、と話をしています。これは他にも使えて、たとえば「職場の人間関係がうまくいっていない」と相談されたときも、「あなたが理想とする人間関係ってどういうもの?」と聞くと、「仲良くしなきゃ」という「やるべき」であることに気がつくのです。どの話題でも、「やるべき」だけだとつらいから、真ん中がいいって話をしますね

就労は生活の一部なので、働くことで、その方の生活がマイナスになったら意味がないのです。「働くことで土日ボロボロ」「楽しかったことも何も楽しめなくなってしまった」、それって幸せでしょうか。そこまでして働かなくちゃいけない?と思うので、できれば、私生活との両立、ワークライフバランスなどが取れるようになってほしいなと思いますし、そういう働き方のためにはどうしたらいいか、という話をしています

最後に、この仕事の楽しさや八木さんが大事にしていることを教えてください

八木苑子さん
八木苑子さん

私自身も、皆さんに成長させてもらい、すごく勉強させてもらっています。でも、利用者さんも、経験を重ねて幅が広がり、変わっていくので、それを見られるのも醍醐味です。一人ひとり違うというのが、私にとっては面白いです。大変さもありますが、セオリーもパターンもないので、それがやりがいかなと思っています。その人に合わせたやり方を考えられるし、それがピタッとハマったときは嬉しいですし、合わなくても、じゃあこれはどう?これは?と一緒に考えて、試していけるのも面白いです。

「自分と向き合う」ってつらい作業だと思うのですが、それを一緒にやってくれる利用者さんたちに感謝をしています。利用者さんが相談してくれなかったら何も支援できないので、利用者さんの向上心に、私たちは引っ張ってもらっている…そこに、いつも感謝だなと思っています

私たちの仕事は、バランスがすごく大事だと思うのです。企業の方の想いや立場、利用者さんの想いや立場、どちらに寄りすぎてもいけないし、「つなぐ」という就労移行支援だからこそ、バランスを保ちつつ「どう伝えるか」「どうつなぐのか」ということをやっています。必要があってできた就労移行支援ですが、私たちのような仕事が将来的にはなくなるのが一番だなとも思っていて。なくても、背の低い人が、高いところのものを取ろうとしたときに、背の高い人が取ってくれるような感じになればいいなと思っています。取ってくれなくても、その方が自分で踏み台を持ってこれるようになればいいし、お願いができればいいのかもしれない…当たり前にそれができたらいいなと思っています。時間はかかるけど、障がいのある方と関わって知ってもらうことで、いつか社会の当たり前が変わっていくのかなって

インタビューを終えて

利用者さんと企業を「つなぐ」

リアルの世界で人と人をつなぎ、かつ、そのつながった時間は、ほんの数時間ではなく、そこからの日常になっていく…

お互いにとって良いことを並べれば、うまくいくわけではありません。良いことばかりではないリアルと向き合わなければ、結局うまくいかなくなってしまう

ここで、ふと思ったのは、障がい者雇用ではない、私の就職活動はどうだっただろう

履歴書に良いことを並べ、面接で良いことを言う…雇ってみたら「ちょっと違ったな」と思われたかもしれません。

私に限らず、大概の就職活動がそうではないでしょうか。

障がい者雇用となると、どこか能力主義になるのか、「人」として向き合うというのを忘れてしまうのか

そこから育てるということを忘れてしまう企業もあると思います。八木さんが言っていた「雇う」という意識とも関わってくるように感じます。

自分を知るという自分のボトムアップも生きていく上で大切ですが、タックルベリーの小坂さんが話してくれた「同じなんです」という感覚を、もう一度、自分の中にある「障がい者」というイメージと照らし合わせてもらえたら嬉しいなと思います

私たちは、「障がい」に対して、変に甘く、変に厳しくなってはいないでしょうか

「その人らしさ」「その人自身」と出会うことはできているでしょうか

「あいだとつなぐ」という意味で、今回の取材は、障がいのアナの活動と重なる部分がたくさんありました。どうもありがとうございました。

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就労サポートセンター ねくすと

住所:鎌倉市大船3-1-3 セイショウナンビル6F

電話:0467-38-4322

お問い合わせ時間:平日9~17時
アクセス:大船駅東口から徒歩5分

WRITER

小川 優

大学で看護学を学び、卒業後は藤沢市立白浜養護学校の保健室に勤務する。障がいとは社会の中にあるのでは…と感じ、もっと現場の声や生きる命の価値を伝えたいとアナウンサーへ転身。地元のコミュニティFMをはじめ、情報を発信する専門家として活動する。

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