子どもたちに挑戦の自由を― スポーツが育む未来[寄稿記事:竹花康太郎さん]

私はこれまでに陸上競技で3度、デフリンピックに出場してきました。世界の舞台で戦うためには、単に競技の練習を積むだけでは到底足りません。十分な環境も資金も整っていなかった当時、私は自らスポンサーを探し、資金を集め、練習場所を確保するところから始めました。競技そのものの厳しさに加え、挑戦の土台をつくること自体が大きな壁でした。しかしその壁を一つひとつ乗り越えてきたからこそ、挑戦の尊さを深く実感できたのだと思います。そして、メダルを獲得できた瞬間には、言葉にできないほどの喜びと誇りを味わいました。
この経験が、私の生きる力となり、今も活動を続ける原動力となっています。「挑戦し続けることでしか見えない景色がある」――このメッセージを次の世代の子どもたちに伝えたいのです。
一方で現状を見渡すと、デフリンピックに採用されている競技には助成金や遠征補助など制度的な支援がありますが、サーフィンやスケートボードのように採用されていない競技はほとんど支援がなく、人材育成が大きく遅れています。人口が増えなければ大会を開催しても盛り上がりに欠け、未来へつながる力が育たない。その危機感が、私を突き動かしました。「自分たちが次の世代を育てなければ、この競技の未来は開かれない」――そうした思いから、特定非営利活動法人 Nexus Blue Earth を立ち上げました。
私たちが取り組んでいるのは、デフキッズや知的障がいのある子たちに挑戦の舞台を届けることです。サーフィンやスケートボードなど、まだデフリンピックに存在しない競技であっても、子どもたちが夢を描き、練習を積み、いつか世界に挑める日を迎えられるように環境を整える。私はそのために、日々試行錯誤を重ねています。特にサーフィンは海というダイナミックな自然環境の中で挑戦するスポーツです。波を待ち、波に乗り、自分の力でボードを操る――その一瞬一瞬に、子どもたちは「できた!」という達成感を全身で味わいます。その喜びは自信となり、さらに次の挑戦へとつながっていきます。
活動の根底には「挑戦の自由」を守りたいという願いがあります。人工内耳を使っている子どもたちは、時に「アクティブなスポーツは危ないから」と制限を受けることがあります。しかし私は、そうした制限が子どもの可能性を狭めてしまうことに強い疑問を感じています。必要以上に縛るのではなく、どうすれば安全に挑戦できるかを一緒に考え、挑戦できる環境をつくることこそ大人の役割ではないでしょうか。子どもが自分の意志で「やってみたい」と言える社会を実現したい。そのために活動を続けています。
さらに、私たちはスポーツだけでなく、環境保護やSDGs教育にも力を入れています。海に関わるスポーツだからこそ、自然を守る意識は欠かせません。プラスチックごみを減らす活動や、海を大切にする学びを子どもたちと共有することで、スポーツを超えて「生き方」そのものを育てたいと考えています。
私の願いは、障がいの有無に関わらず、子どもたちがスポーツを通じて自分を表現し、未来への可能性を広げていける社会が実現していくことです。そしてその先には、まだ誰も成し遂げていない夢――「デフキッズからサーフィンのショートボード部門でプロサーファーを育てる」という目標があります。すぐに到達できる道のりではないかもしれません。しかし、挑戦の火を絶やさず、子どもたちとともに一歩一歩進んでいけば、きっとその日が訪れると信じています。
スポーツには人生を変える力があります。だからこそ、挑戦する喜びと、その先にある大きな夢を、子どもたちに届け続けたいのです。
竹花康太郎
大阪で生まれ育ち、高校時代に出会った体育の恩師の影響から体育教師を志す。夢を追って大阪を離れ、神奈川で念願の体育教員として新たなスタートを切った。教職の傍らアスリートとしても挑戦を続け、デフリンピックで銅メダル、世界選手権で優勝という成果を収める。さらに日本デフ陸上競技連盟の理事長・会長を務め、Deaf Sports の発展や次世代育成に力を注いできた。
31歳で陸上からの引退を決断。その後はサーフィンに挑戦し、全日本大会にも出場するなど、“挑戦し続ける姿勢”を体現し続けている。
現在は「特定非営利活動法人 Nexus Blue Earth」を立ち上げ、スポーツを通じた教育や環境活動を展開。人生のテーマに掲げる「挑戦し続けること」を子どもたちや次世代に伝えている。
[Nexus Blue Earth 公式サイトはこちら]